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伊勢・如来寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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如来寺(にょらいじ)は、三重県鈴鹿市三日市町にある、善光寺如来信仰の浄土真宗寺院。真宗高田派の本山兼帯所。太子寺と共に伊勢の真宗発祥地という。院号は無礙光院、無量光院。山号は光明山。(参考:同名寺院如来寺_(同名))
目次 |
歴史
- 飛鳥時代:聖徳太子が一光三尊仏(善光寺如来)の模像を祀ったのが起源とされる。太子寺と共に元は天台宗だった。
- 1235年(嘉禎1年):親鸞が京都帰還の際に伊勢を巡錫し、如来寺にしばらく滞在したという。太子寺ができたのもこの時だともいう。真宗の伊勢開教の始まりとされる。(河芸郡史)
- 1236年(嘉禎2年):顕智が伊勢布教の拠点とした。(河芸郡史)
- 1310年(延慶3年)7月4日:顕智は当寺で説教したのを最後に姿を消したとされる。姿を消した7月4日(現在は8月か)を忌日として顕智を偲ぶオンナイ念仏が行われている。
- 1456年(康正2年)頃:下野専修寺が伊勢に移転。
- 1514年(永正11年):専修寺11世応真が如来寺と太子寺を本山兼帯所に定めた。両堂の厨子の鍵は専修寺法主の親印とした。
- 1582年(天正10年)6月5日:徳川家康が太子寺に滞在(境内石碑)。
- 1793年(寛政5年)4月:専修寺、三日市門徒の勢力を削ぐために伊勢神戸に別院を創建。
- 江戸時代:末寺36寺、20あまりの道場があった。
(『高田の寺々』、『日本歴史地名大系』ほか)
伽藍
名称 | 概要 |
---|---|
如来寺本堂 | 東側 |
太子寺本堂 | 西側 |
顕智墓 | 顕智の墓 |
善然墓 | |
一ツ橋記念碑 | 顕智が姿を消した「一ツ橋」が村の端っこにあった。 |
天台塚 | 天台宗時代の遺物を埋納した塚。明治維新頃まであった。廃絶。 |
護持寺院
三日市四院
名称 | 旧称 | 概要 |
---|---|---|
良珠院 | 恵光坊 | 如来寺を護持 |
常超院 | 常林坊 | 如来寺を護持。浄林坊とも。 |
寿福院 | 真蔵坊 | 太子寺を護持。1514年の奉加帳が伝わる。 |
摂取院 | 清泉坊 | 太子寺を護持。観音堂がある。 |
(廃絶) | 宝樹坊 | 元和年間、廃絶。 |
(廃絶) | 実相坊 | 天正年間、廃絶。 |