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妙泉寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2019年12月28日 (土) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
妙泉寺は京都にあった日蓮宗寺院。洛中法華二十一寺の一つ。日什門流。天文法難後は寂光寺内にあった。廃絶。山号は本湧山。
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歴史
1431年、妙満寺5世の日舜が綾小路に創建。 1536年の天文法難で焼失。 豊臣秀吉の都市改造で、1590年8月、現在の行願寺のあたりにあった寂光寺内に移転。寂光寺もその直前の同年2月に室町近衛から移ってきたばかりだった(「京都の近世都市化」[1])。 1708年の宝永の大火で、現在地の寂光寺の地に移転。のち寂光寺に併合された。
(『日本歴史地名大系』、古事類苑)
組織
歴代
- 日舜(1379-1454)<>:霊鷲院。妙満寺5世。
資料
- 「妙泉寺古絵図写」:『社寺境内図資料集成』2に収録。
- 「妙泉寺建物図」:同上。