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峠下官修墳墓

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年5月8日 (水)

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峠下官修墳墓(とうげした・かんしゅうふんぼ)は北海道豊田郡七飯町峠下にある官修墳墓。新政府軍と旧幕府軍が箱館で最初に衝突した戦跡で、墓域には「峠下戦跡戊辰役勃発之地」碑や幕府軍側で維新後も生き延びた平山金十郎の墓もある。七飯官修墳墓と共に箱館戦争戦死者墓碑群の一つ。

歴史

  • 1868年(明治1年)10月20日:榎本武揚率いる旧幕府軍が鷲ノ木に上陸。
  • 1868年(明治1年)10月22日:新政府の箱館府が出兵。峠下で宿営中の旧幕府軍を襲撃。峠下の戦い。

被葬者

  • 1金寅太郎豊正:弘前藩。1868年(明治1年)10月23日、峠下で戦死。27歳。函館官修墳墓に墓碑。弘前招魂社官祭祭神。
  • 2本間長之助:弘前藩。1868年(明治1年)10月23日、峠下で戦死。函館官修墳墓に墓碑。弘前招魂社官祭祭神。
  • 3宮野国吉:箱館府在住隊。1868年(明治1年)10月23日、七重で戦死。
  • 4阿部吉郎二:箱館府在住隊。1868年(明治1年)10月23日、七重で戦死。
  • 5古川善左衛門:福山藩。鷹撃隊。1868年(明治1年)10月24日、峠下で戦死。函館官修墳墓に墓碑。

資料

  • ウェブサイト『戊辰掃苔録』「峠下」[1][2]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B3%A0%E4%B8%8B%E5%AE%98%E4%BF%AE%E5%A2%B3%E5%A2%93」より作成

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