ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
桓武天皇陵 深草考証地
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年11月26日 (火)
(版間での差分)
(ページの作成:「京都府京都市伏見区深草にある桓武天皇陵の推定地。桓武天皇菩提寺の深草・浄蓮華院に隣接。 category:京都府」) |
|||
(間の2版分が非表示) | |||
1行: | 1行: | ||
- | 京都府京都市伏見区深草にある[[桓武天皇陵]] | + | 京都府京都市伏見区深草にある[[桓武天皇陵]]の推定地。'''谷口古墳'''。[[桓武天皇]]菩提寺の[[深草・浄蓮華院]]に隣接。 |
+ | |||
+ | == 歴史 == | ||
+ | 江戸時代前期、現在と異なり、深草の谷口古墳が桓武天皇陵と考えられており、幕府の行った「元禄の修陵」でもここが修復の対象とされた。 | ||
+ | のち[[延暦寺]]が[[最澄]]の遠忌事業として陵墓に柵を設けた。 | ||
+ | そして文政4年(1821)に隣接地に[[深草・浄蓮華院]]を創建した。 | ||
+ | しかし、陵墓研究が進むにつれ、候補地から外れ、幕末の「文久の修陵」では所在地不明として修復されなかった。 | ||
[[category:京都府]] | [[category:京都府]] |
2019年11月26日 (火) 時点における最新版
京都府京都市伏見区深草にある桓武天皇陵の推定地。谷口古墳。桓武天皇菩提寺の深草・浄蓮華院に隣接。
歴史
江戸時代前期、現在と異なり、深草の谷口古墳が桓武天皇陵と考えられており、幕府の行った「元禄の修陵」でもここが修復の対象とされた。 のち延暦寺が最澄の遠忌事業として陵墓に柵を設けた。 そして文政4年(1821)に隣接地に深草・浄蓮華院を創建した。 しかし、陵墓研究が進むにつれ、候補地から外れ、幕末の「文久の修陵」では所在地不明として修復されなかった。