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正林寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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- | + | [[法然旧跡]]にある寺院。法然の讃岐流罪の出発の地とされる。 | |
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- | + | 重盛の死後、[[九条兼実]]の邸宅となり、配流が決まった法然の最後の場所となった。 | |
応仁の乱で焼失。江戸時代の正徳年間に九条家の屋敷を移築して復興した。 | 応仁の乱で焼失。江戸時代の正徳年間に九条家の屋敷を移築して復興した。 |
2018年3月19日 (月) 時点における版
正林寺 しょうりんじ | |
概要 | 法然旧跡にある寺院。 |
奉斎 | |
所在地 | 京都府京都市東山区上馬町553 |
所在地(旧国郡) | 山城国愛宕郡 |
所属(現在) | 浄土宗 |
格式など | |
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目次 |
概要
法然旧跡にある寺院。法然の讃岐流罪の出発の地とされる。
もとは平重盛の邸宅で、48個の燈籠を掲げた燈籠堂という道場があったとされる。重盛は法然高弟の源智の祖父である。 重盛の死後、九条兼実の邸宅となり、配流が決まった法然の最後の場所となった。
応仁の乱で焼失。江戸時代の正徳年間に九条家の屋敷を移築して復興した。
画像
参考文献