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武蔵・高安寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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高安寺(こうあんじ)は東京都府中市片町(武蔵国多摩郡)にある鎌倉公方ゆかりの曹洞宗寺院。本尊は釈迦如来。藤原秀郷の館跡という。武蔵国安国寺という説もある。等持院。山号は龍門山。(参考:同名寺院高安寺)
1348年(正平3年/貞和4年)、足利尊氏が市川山見性寺を臨済宗寺院に改め、大徹心悟を開山として高安寺と称した。細川寺とも呼ばれたことから創建に細川氏が関与していたとも推測されている。 鎌倉公方にゆかり深い寺院だったらしく、合戦の際には陣がたびたび置かれ、鎌倉公方の居所となった。1381年(弘和1年/永徳1年)の小山義政の乱の際には足利氏満が滞在。1399年(応永6年)の応永の乱の時には足利満兼が、1423年(応永30年)の常陸小栗城攻めと1438年(永享10年)の永享の乱では足利持氏が、1455年(康正1年)の享徳の乱では足利成氏が滞在した。
足利持氏滞在中の1424年(応永31年)10月、炎上。
1591年(天正19年)、徳川家康が15石安堵。 慶長年間、海禅寺7世天江東岳が復興し、曹洞宗になった。 1882年(明治15年)8月から1884年(明治17年)まで北多摩郡役所が置かれた。 埼玉県大滝村の諏訪神社に高安寺の鰐口が伝わる。
本堂、観音堂の他、藤原秀郷を祀る秀郷稲荷神社や木曽源太郎(維新志士。湊川神社や鎌倉宮の宮司を歴任)の墓がある。
(日本歴史地名大系ほか)