ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

鎌倉宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年1月8日 (日)

移動: 案内, 検索
鎌倉宮
かまくら ぐう
Kamakura-gu (22).jpg
概要 護良親王の霊廟。
奉斎 護良親王
(土岐昌訓論文)
所在地 神奈川県鎌倉市二階堂154
所在地(旧国郡)
所属(現在) (単立)
格式など 官幣中社
関連記事 皇族奉斎神社南朝皇族奉斎神社


目次

概要

鎌倉宮(かまくら・ぐう)は、神奈川県鎌倉市にある、後醍醐天皇皇子の護良親王(1308-1335)を祀る霊社官幣中社。親王が幽閉されたとされる洞窟牢跡にある。近くに護良親王墓がある。単立神社。

歴史

境内

組織

宮司

  • 秋良貞温(1811-1890)<1873-1874>:山口藩士。岩政信比古に国学を学ぶ。維新後は教部省に出仕。明治6年6月鎌倉宮宮司、明治7年4月広田神社宮司、明治8年4月、大和神社大宮司。明治23年10月16日死去。
  • 岡谷繁実(1835-1920)<1901-1902>:館林藩出身の志士。史学者。昌平坂学問所に学ぶ。文久3年、藩領の飛び地にある雄略天皇陵の修復を担当。山口藩工作に従事してしたため、禁門の変で藩を追放される。維新後、地方官を歴任。明治11年修史館御用掛。明治34年、鎌倉宮宮司。翌年、氷川神社宮司を歴任した。晩年は史談会幹事を務めた。墓所は清心寺。『名将言行録』。
  • 松岡利紀(1844-1907)<1879-1884>:明治の国学者。(略歴は、気多大社#組織を参照)
  • 矢野豁(1881-1945)<1915-1921>:愛媛県出身の神職。(略歴は、玉前神社#組織を参照)

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%AE%AE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール