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氷川神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月25日 (月)

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氷川神社
ひかわ じんじゃ
Hikawa-jinja (8).jpg勅祭の時に東游が奉納される拝殿
概要 氷川神社の総本社。
奉斎 須佐之男命、大己貴命、稲田姫命
(土岐昌訓論文)
所在地 埼玉県さいたま市大宮区高鼻町1-407
所在地(旧国郡) 武蔵国足立郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社武蔵国一宮・武蔵国三宮官幣大社別表神社勅祭社
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目次

概要

氷川神社(ひかわ・じんじゃ)は、埼玉県さいたま市大宮区にある氷川信仰の総本社。帝都東京がある武蔵国の鎮守として重視される。古代に祭祀を務めた武蔵氏は、出雲氏の分流とされる。式内社名神大社武蔵国一宮・武蔵国三宮官幣大社別表神社勅祭社氷川神社関連旧跡も参照。通称は大宮氷川神社

歴史

境内

組織

大宮司・宮司

  • 1岩井宅道()<1868-1871>:1868年(明治1年)10月から1871年(明治4年)6月まで氷川神社大宮司。
  • 2交野時万(1832-1914)<1871-1873>:尊攘派の公卿。八十八廷臣の一人。1871年(明治4年)6月、氷川神社大宮司。1873年(明治6年)3月、日吉大社大宮司。
  • 3平山省斎(1815-1890)<1873-1874>:神道大成教開祖。1873年(明治6年)3月から1874年(明治7年)4月まで氷川神社大宮司。(略歴は神道大成教#組織を参照)
  • 4中山信徴(1846-1917)<1874-1876>:大成教3代管長。水戸藩附家老・中山家14代当主。松岡(手綱)藩主。1874年(明治7年)4月から1876年(明治9年)3月まで氷川神社大宮司。(略歴は神道大成教#組織を参照)
  • 5平山省斎(1815-1890)<1876-1882>:再任。1876年(明治9年)3月から1882年(明治15年)2月まで氷川神社大宮司・宮司。
  • 6黒田清兼()<1882-1887>:鹿児島藩士。黒田清輝の実父。大和神社宮司を経て1882年(明治15年)2月から1887年(明治20年)11月まで氷川神社宮司。鹿児島神宮宮司。
  • 7堀越弥三郎(1838-1898)<1887-1890>:金鑚神社宮司が本務。1887年(明治20年)11月から1890年(明治23年)2月まで氷川神社宮司を兼務。(略歴は、金鑚神社#組織を参照)
  • 8風早公紀(1841-1905)<1890-1894>:公卿。浅間神社宮司を経て1890年(明治23年)2月、氷川神社宮司。1894年(明治27年)9月、日枝神社宮司。1900年(明治33年)から1902年(明治35年)まで橿原神宮宮司。
  • 9伊藤景祐(1848-1907)<1894-1898>:1894年(明治27年)9月、氷川神社宮司。1898年(明治31年)12月、沼名前神社宮司。(略歴は日枝神社#組織を参照)
  • 10神宮嵩寿()<1898-1902>:御嶽教4代管長。 1898年(明治31年)12月から1902年(明治35年)2月まで氷川神社宮司。(略歴は御嶽教#組織を参照)
  • 秋山光条(1843-1902)<1902-1902>:1902年(明治35年)2月3日、氷川神社宮司となるが、2月19日、着任前に死去。(略歴は八坂神社#組織を参照)
  • 11岡谷繁実(1835-1920)<1902-1902>:館林藩士。鎌倉宮宮司を経て1902年(明治35年)3月から7月まで氷川神社宮司。(略歴は、鎌倉宮#組織を参照)
  • 12杉谷正隆(1865-1945)<1902-1911>:浅間神社宮司を経て1902年(明治35年)7月氷川神社宮司。1911年(明治44年)3月香椎宮宮司。平安神宮宮司。
  • 13中島博光(1865-1943)<1911-1915>:沼名前神社宮司を経て1911年(明治44年)3月氷川神社宮司。1915年(大正4年)3月、出羽神社宮司。英彦山神社香椎宮の宮司も。
  • 14額賀大直(1877-1961)<1915-1924>:1915年(大正4年)3月から1924年(大正13年)4月まで氷川神社宮司。(略歴は香取神宮#組織を参照)
  • 15足立達()<1924-1931>:砥鹿神社宮司を経て1924年(大正13年)4月から1931年(昭和6年)4月まで氷川神社宮司。諏訪神社、厳島神社広島護国神社の宮司を歴任。
  • 16有賀忠義()<>:鹿児島神宮宮司を経て1931年(昭和6年)4月、氷川神社宮司。埼玉県護国神社社司。埼玉県神社庁初代庁長。
  • 西角井正慶(1900-1971)<>:1900年(明治33年)生。1971年(昭和46年)1月22日死去。国学院大学教授。
  • 東角井光臣()<>:
  • 東角井晴臣()<>:

埼玉県社寺宗教備忘抄録に一覧[1]

少宮司・権宮司

  • 1遠藤允信(1836-1899)<1871-1872>:仙台藩執政(家老)。尊王派として活躍するが、藩内で受け入れられず閉門。戊辰戦争の敗戦処理に当たる。1870年(明治3年)神祇少佑。1871年(明治4年)7月から1872年(明治5年)7月まで氷川神社少宮司。都都古別神社宮司。1876年1月4日平野神社大宮司。1877年、制度改正で平野神社大宮司から平野神社宮司に変わる。1882年2月退任。1891年(明治24年)、志波彦神社宮司兼塩竈神社宮司となる。1899年(明治32年)4月20日辞職死去。墓所は城国寺。子に日本画家の遠藤速雄がいる。
  • 2大岡忠実()<1872-1873>:1872年(明治5年)7月氷川神社少宮司。1873年(明治6年)3月、大鳥神社少宮司。
  • 3服部友徳()<1873-1873>:1873年(明治6年)3月氷川神社少宮司。6月、甲斐・浅間神社宮司。
  • 4穂積耕雲(1824-1892)<1873-1877>:国学者。1873年(明治6年)6月から1877年(明治10年)12月まで氷川神社少宮司。安房神社宮司。
  • 東角井真臣

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%B0%B7%E5%B7%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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