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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

広島護国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年3月15日 (日)

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広島護国神社(ひろしま・ごこくじんじゃ)は、広島県広島市中区にある、県内西部の戦没者などを祀る招魂社内務大臣指定護国神社。県内には他の指定護国神社として備後護国神社がある。

1945年(昭和20年)8月6日、広島原爆で焼失。8日、厳島神社神職が焼跡に来て厳島神社千畳閣に御霊代を奉遷。1947年(昭和22年)8月4日、仮殿を造営して厳島神社から御霊代を遷座。6日、原爆犠牲者と戦没者の慰霊祭。8日、広島神社と改称。

組織

社司・宮司

  • 足立達()<>:厳島神社宮司。1947年(昭和22年)8月22日、退任。
  • 山田厲()<>:速谷神社宮司。1947年(昭和22年)就任。1957年(昭和32年)死去。
  • (河本和昌)()<>:1958年(昭和33年)4月5日、宮司代務者就任。
  • 横井時常()<>:靖国神社権宮司。1959年(昭和34年)9月15日宮司就任。1966年(昭和41年)3月1日退任。近江神宮宮司。
  • 森安忠(1907-)<1966->:1966年(昭和41年)就任。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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