ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

厳島神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年1月27日 (日)

移動: 案内, 検索
厳島神社
いつくしま じんじゃ
Itsukushima-jinja 012.jpg
概要 厳島神社の総本社。
奉斎 市杵島姫命
(土岐昌訓論文)
所在地 広島県廿日市市宮島町1-1
所在地(旧国郡) 安芸国佐伯郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社安芸国一宮朱印地拝領神社官幣中社別表神社
関連記事 弁才天厳島信仰


目次

概要

厳島神社(いつくしま・じんじゃ)は、広島県廿日市市の厳島にある宗像厳島信仰の総本社格の神社。 一遍が1278年(弘安1年)と、1287年(弘安10年)秋に参詣。 菅生

歴史

境内

組織

神主

創建した佐伯鞍職の末裔が神主職を世襲。承久の乱の後、桜尾城を拠点とする藤原氏が神主職となる。

  • 佐伯鞍職()<>:初代神主。
  • 佐伯景弘()<-1168->:平清盛に接近。
  • 佐伯為弘()<-1177->:1177年(治承1年)在職。内藤為弘。
  • 佐伯清元()<-1196->:1196年(建久7年)在職。
  • 藤原親実(生没年不詳)<1221?->:藤原氏初代。1221年(承久3年)頃就任。1235年(嘉禎1年)5月9日安芸守護職就任。
  • 藤原親光()<>:
  • 藤原親定()<>:
  • 藤原親宣()<-1294->:1294年(永仁2年)在職。
  • 藤原親範()<1300->:親定の子。1300年(正安2年)4月27日就任。
  • 藤原親顕()<-1333->:1333年(元弘3年/正慶2年)在職。
  • 藤原親直()<-1387->:1387年(元中4年/嘉慶1年)在職。
  • 藤原親詮()<-1389->:1389年(元中6年/康応1年)在職。
  • 藤原親胤()<-1397->:1397年(応永4年)在職。?
  • 藤原親頼()<-1404->:1404年(応永11年)在職。
  • 藤原親俊()<-1406->:1406年(応永13年)在職。
  • 藤原親弘()<-1411->:1411年(応永18年)在職。
  • 藤原親景()<-1431->:1431年(永享3年)在職。
  • 藤原親藤()<-1437->:1437年(永享9年)在職。鷲図親藤。
  • 藤原教親()<-1444->:藤原親藤の弟。1444年(文安1年)在職。
  • 藤原宗親()<-1493->:藤原教親の子。1493年(明応2年)在職。長屋家を継ぐ。
  • 藤原興親(-1508)<>:京都滞在中に病没。
  • 友田興藤(-1541)<1523-1541>:1523年(大永3年)閏4月11日神主就任。1541年(天文10年)4月5日、桜尾城で自害。
  • 友田兼藤(?-1528)<>:1528年(享禄1年)死去。
  • 友田広就(-1541)<1528->:友田興藤の弟。

棚守職

佐伯氏の野坂家が世襲。神主職藤原氏が滅亡した後、神職長官となった。

  • 野坂房顕()<1541->:1590年(天正18年)1月20日死去。96歳。
  • 野坂元行()<>:野坂房顕の子。
  • 野坂元貞()<-1841->:


大宮司・宮司

  • 浅野忠(1819-1892)<1872->:広島藩家老。三原城主。1819年(文政2年)10月18日生まれ。維新後、1872年(明治5年)11月、厳島神社宮司。1892年(明治25年)11月14日死去。
  • 渋谷栄(?-1888)<1887-1888>:1887年(明治20年)5月23日宮司就任。1888年(明治21年)10月1日死去(官報)。
  • 野坂元延(?-1889)<1888-1889>:1888年(明治21年)10月15日宮司就任。1889年(明治22年)11月14日死去(官報)。
  • 浅野哲吉()<1889->:1889年(明治22年)11月26日宮司就任。
  • 高山昇(1864-1950)<1913-1924>:(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
  • 野坂元良()<>:
  • 野坂元明()<>:

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%8E%B3%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール