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日光東照宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年5月28日 (金)

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日光東照宮
にっこう とうしょうぐう
Nikko-toshogu 4okusha (8).jpg家康の神柩が収められているとされる日光東照宮奥社
概要 東照宮の総本社。
奉斎 源家康朝臣
(土岐昌訓論文)
所在地 栃木県日光市山内2301
所在地(旧国郡) 下野国河内郡
所属(現在) (単立)
格式など 朱印地拝領神社別格官幣社
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目次

概要

日光東照宮(にっこう・とうしょうぐう)は、栃木県日光市の日光山にある徳川家康を祀る霊社。家康の墓があり、東照宮の総本社。戦後、神社本庁を離脱し、単立。日光山も参照。

歴史

境内

歴代

名前 誕生 死没 就任 備考
1 松平忠恕 1825年(文政8年)8月7日 1902年(明治35年)5月21日 1873年(明治6年)6月13日 小幡藩主。寺社奉行。子爵。
2 永井尚服 1833年(天保4年)12月7日 1885年(明治18年)6月11日 1874年(明治7年)1月8日 加納藩主。若年寄。子爵。
3 松平忠和 1851年(嘉永4年)2月12日 1917年(大正6年)6月8日 1874年(明治7年)11月5日 水戸藩主徳川斉昭十六男。島原藩主。子爵。
4 京極高富 1835年(天保6年)11月19日 1889年(明治22年)2月9日 1876年(明治9年)2月29日 峰山藩主。若年寄。子爵。
5 松平容保 1835年(天保6年)12月29日 1893年(明治26年)12月5日 1880年(明治13年)2月2日 会津藩主。京都守護職。
6 柳沢保申 1846年(弘化3年)3月26日 1893年(明治26年)10月9日 1885年(明治18年)3月16日 郡山藩主。伯爵。(略歴は龍田大社#組織を参照)
7 松平容保 1887年(明治20年)9月5日 (再任)
8 松平定敬 1846年(弘化3年)12月2日 1908年(明治41年)7月21日 1894年(明治27年)1月24日 桑名藩主。京都所司代。
9 中山信徴 1846年(弘化3年)4月10日 1917年(大正6年)1月29日 1896年(明治29年)12月26日 松岡(手綱)藩主。大成教3代管長。(略歴は神道大成教#組織を参照)
10 阿知和安彦 1912年(大正1年)4月5日 吉田神社宮司から転任。皇典講究所所長。朝鮮神宮宮司。
11 山下三次 1863年(文久3年) (不詳) 1916年(大正5年)12月20日 仙台出身の内務官僚。各地を転々とし、1902年(明治35年)神社局勤務。1910年(明治43年)北海道庁札幌支庁長。1913年(大正2年)伊勢神宮禰宜。翌年神宮神部署署長事務取扱。1916年(大正5年)日光東照宮宮司。1921年(大正10年)志波彦神社塩竈神社宮司。1927年(昭和2年)皇典講究所職員。1933年(昭和8年)退職。(『神道人名辞典』)
12 高松四郎 1875 1955 1921年(大正10年)12月28日 1925年朝鮮神宮宮司。弥彦神社宮司から転任。
大和田貞策 1880 1947 (略歴は、春日大社#組織を参照)
二荒芳徳 1886年(明治19年)10月26日 1967年(昭和42年)4月21日 宇和島伊達家出身。宮内省書記官。ボーイスカウト運動を推進。伯爵。二荒家は北白川宮家の分流。
古川左京 終戦時の処理。伊勢神宮少宮司。
青木仁蔵 1959年(昭和34年)
額賀大興 1906年(明治39年) 神社本庁離脱。
稲葉久雄 1990年(平成2年)5月6日 1987年(昭和62年)8月1日宮司代務者就任。
  • 12代までは1925年(大正14年)『日光東照宮百話』参照。
  • 額賀大直(1877-1961):明治後期から戦後直後まで活躍した神職。(略歴は唐沢山神社#組織を参照)


祭事

日光社参

日光社参は将軍が諸大名を率いて自ら日光東照宮に参詣する行事。 徳川家綱の時代までは盛んだったが、幕府の安定にともない、あまり行われなくなったようだ。 江戸時代に17回あった。

  • 1617年:1徳川秀忠:日光東照宮創建につき。
  • 1619年:(徳川秀忠):史料で裏付けできず。
  • 1622年:2徳川秀忠:家康7回忌
  • 1623年:(徳川家光):史料で裏付けできず。
  • 1625年:3徳川家光:将軍継承奉告か。眼病のため4月を7月に変更
  • 1628年:4徳川秀忠:家康13回忌
  • 1628年:5徳川家光:家康13回忌
  • 1629年:6徳川家光:疱瘡平癒祈願
  • 1632年:7徳川家光:家康17回忌。徳川秀忠死去のため今市宿までで滞在。井伊直孝が代参。上洛奉告。
  • 1634年:8徳川家光:
  • 1636年:9徳川家光:家康21回忌。寛永造営
  • 1640年:10徳川家光:家康25回忌
  • 1642年:11徳川家光:奥社宝塔造営
  • 1648年:12徳川家光:家康48回忌
  • 1649年:13徳川家綱
  • 1660年:(徳川家綱中止)
  • 1663年:14徳川家綱:家光13回忌
  • 1665年:(家康50回忌)
  • 1667年:(家光17回忌。徳川家綱中止)
  • 1671年:(家光21回忌)
  • 1675年:(家光25回忌)
  • 1683年:(家光33回忌。徳川綱吉中止)
  • 1697年:(徳川綱吉中止)
  • 1712年:(徳川家宣死去により中止)
  • 1715年:(家康100回忌)
  • 1728年:15徳川吉宗
  • 1765年:(家康150回忌)
  • 1772年:(徳川家治中止)
  • 1776年:16徳川家治
  • 1815年:(家康200回忌)
  • 1825年:(徳川家斉、一年延期)
  • 1826年:(徳川家斉中止)
  • 1843年:17徳川家慶
  • 1865年:(家康250回忌)


画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』
  • 最高裁判所判例[1]

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%97%A5%E5%85%89%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE」より作成

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