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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

日光東照宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月22日 (月)

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日光東照宮
にっこう とうしょうぐう
Nikko-toshogu 4okusha (8).jpg家康の神柩が収められているとされる日光東照宮奥社
概要 東照宮の総本社。
奉斎 源家康朝臣
(土岐昌訓論文)
所在地 栃木県日光市山内2301
所在地(旧国郡) 下野国河内郡
所属(現在) (単立)
格式など 朱印地拝領神社別格官幣社
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目次

概要

日光東照宮(にっこう・とうしょうぐう)は、栃木県日光市の日光山にある徳川家康を祀る霊社。家康の墓があり、東照宮の総本社。戦後、神社本庁を離脱し、単立。日光山も参照。

歴史

境内

歴代

名前 誕生 死没 就任 備考
1 松平忠恕 1825年(文政8年)8月7日 1902年(明治35年)5月21日 1873年(明治6年)6月13日 小幡藩主。寺社奉行。子爵。
2 永井尚服 1833年(天保4年)12月7日 1885年(明治18年)6月11日 1874年(明治7年)1月8日 加納藩主。若年寄。子爵。
3 松平忠和 1851年(嘉永4年)2月12日 1917年(大正6年)6月8日 1874年(明治7年)11月5日 水戸藩主徳川斉昭十六男。島原藩主。子爵。
4 京極高富 1835年(天保6年)11月19日 1889年(明治22年)2月9日 1876年(明治9年)2月29日 峰山藩主。若年寄。子爵。
5 松平容保 1835年(天保6年)12月29日 1893年(明治26年)12月5日 1880年(明治13年)2月2日 会津藩主。京都守護職。
6 柳沢保申 1846年(弘化3年)3月26日 1893年(明治26年)10月9日 1885年(明治18年)3月16日 郡山藩主。伯爵。(略歴は龍田大社#組織を参照)
7 松平容保 1887年(明治20年)9月5日 (再任)
8 松平定敬 1846年(弘化3年)12月2日 1908年(明治41年)7月21日 1894年(明治27年)1月24日 桑名藩主。京都所司代。
9 中山信徴 1846年(弘化3年)4月10日 1917年(大正6年)1月29日 1896年(明治29年)12月26日 松岡(手綱)藩主。大成教3代管長。(略歴は神道大成教#組織を参照)
10 阿知和安彦 1912年(大正1年)4月5日 吉田神社宮司から転任。皇典講究所所長。朝鮮神宮宮司。
11 山下三次 1863年(文久3年) (不詳) 1916年(大正5年)12月20日 仙台出身の内務官僚。各地を転々とし、1902年(明治35年)神社局勤務。1910年(明治43年)北海道庁札幌支庁長。1913年(大正2年)伊勢神宮禰宜。翌年神宮神部署署長事務取扱。1916年(大正5年)日光東照宮宮司。1921年(大正10年)志波彦神社塩竈神社宮司。1927年(昭和2年)皇典講究所職員。1933年(昭和8年)退職。(『神道人名辞典』)
12 高松四郎 1875 1955 1921年(大正10年)12月28日 1925年朝鮮神宮宮司。弥彦神社宮司から転任。
大和田貞策 1880 1947 (略歴は、春日大社#組織を参照)
二荒芳徳 1886年(明治19年)10月26日 1967年(昭和42年)4月21日 宇和島伊達家出身。宮内省書記官。ボーイスカウト運動を推進。伯爵。二荒家は北白川宮家の分流。
古川左京 終戦時の処理。伊勢神宮少宮司。
青木仁蔵 1959年(昭和34年)
額賀大興 1906年(明治39年) 神社本庁離脱。
稲葉久雄 1990年(平成2年)5月6日 1987年(昭和62年)8月1日宮司代務者就任。
  • 12代までは1925年(大正14年)『日光東照宮百話』参照。
  • 額賀大直(1877-1961):明治後期から戦後直後まで活躍した神職。(略歴は唐沢山神社#組織を参照)

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』
  • 最高裁判所判例[1]

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%97%A5%E5%85%89%E6%9D%B1%E7%85%A7%E5%AE%AE」より作成

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