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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

龍田大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年1月10日 (火)

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龍田大社
たつた たいしゃ
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概要 風の神。
奉斎 天御柱命、国御柱命
(土岐昌訓論文)
所在地 奈良県生駒郡三郷町立野南1-29-1
所在地(旧国郡) 大和国平群郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 官社(式内社)・名神大社正三位二十二社官幣大社別表神社
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龍田大社(たつた・たいしゃ)は、奈良県生駒郡三郷町にある龍田信仰の総本社。風の神。官社(式内社)・名神大社正三位二十二社官幣大社別表神社法隆寺の鎮守として龍田新宮(斑鳩・龍田神社)が建てられた。

目次

歴史

境内

龍田大社本宮伝承地がある。

組織

大宮司・宮司

  • 吉田〓(1822-1898)<1885-1886>:京都出身の神職。吉田玄蕃。(〓は「口+黒」。「黙」の異体字)(略歴は、白峰神宮#組織を参照)
  • 渡辺重春(1831-1890):幕末維新期の神職・国学者。奈良県内の官社宮司を歴任。(略歴は、広田神社#組織を参照)
  • 山下政愛(1832-?)<1901-1912>:鹿児島県出身の神職。教部省権大録を経て1901年(明治34年)龍田大社宮司。明治初年に没収された由緒地である三室山の払い下げに成功。明治45年大神神社宮司に転任。(『神道人名辞典』)
  • 大沢清臣(1833-1892):陵墓研究で知られる国学者。郡山出身。壬生家雑掌となる。橋本雄平、谷森善臣に学ぶ。文久元年、谷森らの陵墓調査に随行。明治2年、諸陵允。龍田大社宮司、広瀬神社宮司を務めた。
  • 芳村正秉(1839-1913):神習教開祖。
  • 柳沢保申(1846-1893)<1882-1885>:旧郡山藩主。伯爵。1848年(嘉永1年)、3歳で藩主となる。1869年(明治2年)侍従。版籍奉還で郡山藩知事。1878年(明治11年)、第六十八国立銀行を設立。1879年(明治12年)教導職試補、芝東照宮祠掌。翌年、少教正、祠官。1882年(明治15年)龍田大社宮司。1885年(明治18年)日光東照宮宮司。翌年龍田大社宮司に戻る。同年、広瀬神社宮司を兼務。1888年(明治21年)退職。(『神道人名辞典』)
  • 柳沢保申(1846-1893)<1886-1888>:再任。広瀬神社宮司を兼務。
  • 目黒和三郎(1865-1923):『略歴は、大山阿夫利神社#組織を参照)
  • 大宮兵馬(1866-1923)<1921->:教育者。石見国出身。皇典講究所卒。山口県や沖縄県で中学校教諭。華族女学校教授。また天理教校で神典を教える。『神道叢書』を編纂。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%BE%8D%E7%94%B0%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

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