ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

広瀬神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年10月13日 (日)

移動: 案内, 検索
広瀬神社
ひろせ じんじゃ
Hirose-taisha (8).JPG
概要 河川の神。
奉斎 若宇迦売命
(土岐昌訓論文)
所在地 奈良県北葛城郡河合町川合1206
所在地(旧国郡) 大和国広瀬郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正三位二十二社官幣大社別表神社
関連記事 広瀬信仰

広瀬神社(ひろせ・じんじゃ)は、奈良県北葛城郡河合町にある広瀬信仰の総本社。河川の神。若宇迦売命を祀る。龍田大社と対になる存在とみなされている。式内社名神大社正三位二十二社官幣大社別表神社。(参考:同名神社広瀬神社_(同名)


目次

歴史

境内

組織

宮司

  • 葵川信近(生没年不詳)<1874-1874>:丹生川上神社大宮司。広瀬神社大宮司。『北郷談』で日本に初めてダーウィンの進化論を紹介したという。
  • 江藤正澄(1836-1911)<1874-1877>:秋月藩士。国学者。考古学者。太宰府神社大宮司。1874年、丹生川上神社大宮司。同年、広瀬神社大宮司。
  • 松原貴速(1831-?)<1877-1879>:明治前期の内務官僚・神職。1831年(天保2年)9月2日生まれ。山口藩出身。1872年(明治5年)4月13日、新川県八等出仕。1873年(明治6年)8月八等出仕上等。1875年(明治8年)、七等出仕、ついで七等判事。1876年(明治9年)8月7日、豊岡県権参事。18日正七位。1877年(明治10年)2月5日、東京府御用掛。同年依願免官。同年12月12日、広瀬神社宮司。翌年3月30日、教導職試補。8月3日、大講義。1879年(明治12年)9月1日、松尾大社宮司。同年12月27日、権少教正。1883年(明治16年)4月23日、石上神宮宮司。同年12月17日、大神神社宮司。1886年(明治19年)7月27日、石清水八幡宮宮司。没年不詳。(『大神神社史料』『神道人名辞典』)
  • 安江静(生没年不詳)<1879->:伏見稲荷大社宮司。画家・安江不空の父。1879年9月14日、広瀬神社宮司。
  • 織田長猷(1852-1880)<1880-1880>:芝村織田家の当主。
  • 山根愨輔()<1880->:山口藩士。明倫館講師。山根温知。明治9年、大和神社少宮司。1880年9月17日、広瀬大社宮司。橿原神宮初代宮司を兼務。
  • 大沢清臣(1833-1892)<>:陵墓研究で知られる国学者。(略歴は、龍田大社#組織を参照)
  • 柳沢保申(1846-1893)<1886-1888>:旧郡山藩主。伯爵。本務は龍田大社宮司。(略歴は龍田大社#組織を参照)
  • 西内成郷(1855-1911)<1892->:1892年、広瀬神社宮司。1902年2月、橿原神宮宮司を兼務。1906年6月、大神神社宮司兼橿原神宮宮司。
  • 大井重古(1847-)<1906->:静岡県出身の内務官僚。静岡県属、神宮神部署神部を経て1906年6月23日、広瀬大社宮司。
  • 大井田斎(1860-1924)<?-1920>:下野国出身の歌人。井上頼圀に師事。金子薫園の短歌研究会に参加。
  • 櫟本憲政()<-1923?>:結城神社宮司。気比神宮宮司。櫟本憲昌とは別人?
  • 山川鵜市()<1923?->:神宮皇学館卒。龍頭山神社社掌。唐沢山神社宮司。鎌倉宮宮司。『神祇辞典』。
  • 小栗靖(1912-?)<1946-1948>:愛知県出身。1912年生。1933年国学院大学神道部卒。熱田神宮嘱託、霧島神宮禰宜、吉野神宮禰宜を経て1946年、広瀬神社宮司。1948年、尾陽神社嘱託。1954年尾陽神社宮司。
  • 樋口俊夫(1947-)<1978->:

少宮司

  • 芝小路豊訓(1828-?)<1872-?>:奈良華族。興福寺成身院住職。1868年還俗。春日大社新社司。翌年、堂上格となり芝小路家を名乗る。1872年、広瀬神社少宮司兼龍田神社少宮司。ついで丹生川上神社少宮司。1873年、龍田神社少宮司。1877年、龍田神社禰宜。翌年依願退職。
  • 谷勤(1835-1895)<?-1875>:水戸藩士。広瀬神社少宮司。1875年、大和神社少宮司。
  • 中川興長(1853-1920)<>:奈良華族。興福寺五大院住職。大和神社少宮司。石上神宮少宮司。大神神社少宮司。広瀬神社少宮司。
  • 辻鼻真衛()<>:大神神社少宮司。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BA%83%E7%80%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール