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春日大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年6月12日 (日)

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春日大社
かすが たいしゃ
Kasuga-taisha (3).jpg春日野の地主神を祀る榎本神社
概要 春日神社の総本社。藤原氏の祖神・氏神。
奉斎 健御賀豆智命、伊波比主命、天之子八根命、比売神
(土岐昌訓論文)
所在地 奈良県奈良市春日野町160
所在地(旧国郡) 大和国添上郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正一位二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社
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目次

概要

春日山周辺(国土地理院空中写真より)

春日大社(かすが・たいしゃ)は、奈良県奈良市にある春日信仰の総本社。藤原氏中臣氏の祖神。王権補佐の神。法相宗の護法神。神宮寺は興福寺。例祭春日祭は、三勅祭の一つに数えられる。御子神を祀る若宮神社の若宮おん祭は大和国を挙げて行われた。20年に一度、式年造替が行われる。式内社名神大社正一位二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社春日大社関連旧跡興福寺関連旧跡も参照。


歴史

境内

組織

明治維新以前は三惣官が社務を統括した。三惣官とは神主(春日神主)、正預、若宮神主の三者である。 神主職は992年の設置で大中臣氏が世襲。のちに中東家などとなった。権官として権神主職なども設けられた。正預職は768年に設置された造宮預と神宮預が992年に統合設置されたもので、起源は神主職より古い。中臣氏の世襲で、のちに大東家や辰市家が成立した。権官として権預職などが置かれた。若宮神主は若宮神社の成立に合わせて1135年に設置され、中臣氏が世襲した。のちに千鳥家が成立した。若宮神主には権官は置かれなかった。三惣官とその権官を社司と呼び、藤原氏長者の権限で補任された。春日社で社家といった場合、社司に就くことができる家のことを指した。社家は階位を得た。中臣氏は鹿島神が鹿に乗って鹿島神宮から遷ってくるのに随行してきた神職の末裔とされる。大中臣氏は朝廷の神祇官から春日祭のために派遣された非常勤の者が定住して成立したとされ、中臣氏より新しいが、高官の出自であるため朝廷からは中臣氏より優位に扱われた。

明治維新で「神社は国家の宗祀」として神職の世襲禁止が決まった以降は全国で統一された組織が置かれ、宮司は官選で決まった。しかし戦後、藤原氏旧華族が宮司に就くように定められたようだ。

神主

  • 「中臣社司補任」[1]
  • 『新修春日社社司補任記』

正預

  • 「辰市家系譜」[2]
  • 「大東家祠官系譜」[3]

若宮神主

大宮司・宮司

  • 水谷川忠起(1848-1923)<1872->:近衛忠煕の子。興福寺別当238世。一乗院門跡44世。春日大社大宮司。1864年(元治1年)3月20日興福寺別当就任(「仏家次第」)。1868年(明治1年)還俗して翌年、水谷川忠起と改名。1872年(明治5年)、春日大社大宮司、権少教正。1875年(明治8年)華族となり、1884年(明治17年)男爵。1887年(明治20年)談山神社宮司兼務。(神道人名辞典)
  • 本山茂任(1826-1887)<1877-1878>:高知藩出身の志士。内務官僚・神職。(略歴は、白峰神宮#組織を参照)
  • 藤枝雅之(-1922)<>:興福寺清浄院住職。男爵。1922年(大正11年)3月17日死去(官報)。
  • 二条基弘(1859-1928)<1923-1928>:公爵。1923年(大正12年)春日大社宮司。1928年(昭和3年)4月4日、在職中死去(官報)。(神道人名辞典)
  • 江見清風(1868-1939)<1928->:新潟県の乙子神社神職の金子豊雄の次男。1868年(明治1年)生。国学院卒。1890年(明治23年)、西奈弥羽黒神社神職の江見田鶴雄の養子となる。1894年(明治27年)、国学院大学卒業。『古事類苑』『大神宮史』編纂に従事。1896年(明治29年)9月19日、弥彦神社宮司。1900年(明治33年)10月15日神宮禰宜。八坂神社宮司を経て1925年(大正14年)2月12日、明治神宮権宮司。1928年(昭和3年)5月9日、春日大社宮司。歴史、文学、祝詞に関する研究を行い、著書多数。1939年(昭和14年)1月11日死去。
  • 大和田貞策(1880-1947)<-1946>:栃木県出身。1902年(明治35年)国学院大学卒業。1913年(大正2年)長田神社(1914年生田神社か?)宮司。出羽三山神社日光東照宮多賀大社、春日大社の宮司を歴任。(神道人名辞典)
  • 水谷川忠麿(1902-1961)<1946-1961>:男爵。近衛文麿の実弟。談山神社宮司兼務。墓所は興福院。
  • 三条実春(1913-1990)<1961-1971>:(略歴は、平安神宮#組織を参照)
  • 花山院親忠(1918-1994)<1971-1994>:花山院親家の子。1941年(昭和16年)国学院大学卒業。神祇院嘱託。1946年(昭和21年)佐賀県立高校教諭。1969年(昭和44年)佐賀県教育委員会学校教育課長。1971年(昭和46年)県立三養基高校校長。同年、春日大社宮司。(神道人名辞典)
  • 葉室頼昭(1927-2009)<1994-2008>:東京生まれ。大阪大学医学部卒業。1973年(昭和48年)葉室形成外科病院を開業。1992年(平成4年)枚岡神社宮司。1994年(平成6年)春日大社宮司。2009年(平成21年)1月3日死去。
  • 花山院弘匡(1962-)<2008-現職>:花山院親忠の子。佐賀県生まれ。国学院大学文学部神道学科卒。2008年(平成20年)、春日大社宮司に就任。

権宮司

  • 森口奈良吉(1875-1968):(略歴は、吉田神社#組織を参照)
  • 中東弘()<>:のち枚岡神社宮司。
  • 岡本彰夫(1954-)<2001-2015>:国学院大学文学部神道科卒。
  • 伊勢久夫()<>:

画像

  • 1926『官幣大社春日神社大鑑』[4](デジコレ送信館限定)
  • 『春日神社文書』1、2、3
  • 『春日社記録』
  • 『古事類苑』「春日神社」[5]

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%98%A5%E6%97%A5%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

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