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春日大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2023年1月18日 (水)

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春日大社・南門 (1).jpg

春日大社(かすが・たいしゃ)は、奈良県奈良市春日野町(大和国添上郡)にある春日信仰の総本社。祭神は健御賀豆智命、伊波比主命、天之子八根命、比売神。藤原氏中臣氏の祖神。王権補佐の神。法相宗の護法神。神宮寺は興福寺。例祭春日祭は、三勅祭の一つに数えられる。御子神を祀る若宮神社の若宮おん祭は大和国を挙げて行われた。20年に一度、式年造替が行われる。式内社名神大社正一位二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社春日大社関連旧跡興福寺関連旧跡も参照。


目次

歴史

春日山周辺(国土地理院空中写真より)

成立まで

  • 710年(和銅3年)3月10日:平城京遷都
  • 717年(養老1年)2月10日:遣唐使、御蓋山の南に神祇を祀る
  • 735年(天平7年):創建説
  • 750年(天平勝宝2年):孝謙天皇が「春日酒殿」に行幸。
  • 755年(天平勝宝7年):春日社四所を紫微中台に祀ったという。
  • 756年(天平勝宝8年):「東大寺四至図」に現在地が「神地」として示される。
  • 765年(天平神護1年):鹿島神宮の神封20戸を春日祭料として施入。
  • 768年(神護景雲2年)1月9日:鹿島神、御蓋山に影向。
  • 768年(神護景雲2年)11月9日:社殿を造営。春日大社創建。香取神、枚岡神も合祀。
  • 768年(神護景雲2年):造宮預と神宮預を設置。
  • 777年(宝亀8年)2月6日:遣唐使、春日山下で天神地祇を拝む。
  • 777年(宝亀8年)7月16日:藤原良継が病になったため、氏神の鹿島神と香取神に神階。鹿島神宮・香取神宮説、春日大社説。両方説がある。

摂関家の守護神として発展

  • 784年(延暦3年):(長岡京遷都にともない大原野神社鎮祭)
  • 801年(延暦20年):神封20戸を廃し、改めて大和国内で10戸を施入。
  • 806年(大同1年):神宮寺創建。
  • 841年(承和8年):春日山を神山とする
  • 850年(嘉祥3年)9月15日:鹿島神・香取神に正一位、枚岡神・比売神に正四位上。
  • 850年(嘉祥3年):(藤原冬嗣、改めて春日社を勧請し大原野神社を創建)
  • 850年(嘉祥3年):この頃、春日祭始まる。
  • 859年(貞観1年):直会殿・幣殿・車舎・酒殿を整備。
  • 866年(貞観8年):斎女(内侍)を制定。藤原須恵子を任命。
  • 867年(貞観9年)2月2日:春日祭。藤原須恵子奉仕。以後、2月と11月の上申の日となる。
  • 869年(貞観11年)2月8日:初の斎女社参
  • 貞観年間:(藤原山蔭、吉田神社を創建)
  • 916年(延喜16年):藤原忠平社参のため着到殿を造営。
  • 927年(延長5年):延喜式成立。春日祭祝詞収録。
  • 934年(承平4年)6月:水谷神社、京都祇園社を勧請して創建。興福寺円如による。
  • 937年(承平7年)2月:春日神が託宣を下し、「慈悲万行菩薩」の号を求めたという。
  • 947年(天暦1年):神前で興福寺が法華八講会。興福寺との関係の始まりという。
  • 989年(永祚1年)3月22日:一条天皇行幸。
  • 992年(正暦3年):神主職(春日神主)、正預職を設置。神主職は大中臣氏が世襲。正預職は造宮預と神宮預が統合。
  • 999年(長保1年)2月27日:藤原道長参拝。以後、氏長者社参が恒例となる?。

興福寺との一体化

  • 1003年(長保5年)3月3日:春日若宮出現。
  • 1038年(長暦2年)2月:藤原頼通、「瑠璃灯籠」を寄進。最古の灯籠寄進。
  • 1041年(長久2年)3月1日:五所王子(若宮)、第二殿と第三殿の間に祀る。
  • 1065年(治暦1年):法華八講会、4月と9月に行うことを定める。興福寺の関与が深まる。
  • 1093年(寛治7年):春日神人傷害事件をめぐり、興福寺強訴。春日神木動座。
  • 1100年(康和2年):白河法皇の発願で一切経蔵を造営。毎日の一切経転読を始める。
  • 1116年(永久4年)3月6日:藤原忠実、春日西塔を建立。
  • 1119年(元永2年)5月2日:「春日若宮常灯」の記事が中右記にある。
  • 1135年(保延1年)2月27日:若宮神社、社殿造営。若宮神主を設置。鳥羽上皇が御幸し、関白藤原忠通、藤原忠実らが随従。
  • 1136年(保延2年)9月17日:若宮おんまつり始まる。
  • 1137年(保延3年):藤原忠通、柚木灯籠を寄進。
  • 1140年(保延6年)10月29日:鳥羽上皇、東塔を建立。
  • 1143年(康治2年):若宮神社に拝殿と経所を建立。
  • 1147年(久安3年)1月:若宮神社、官幣に預かる。(官社となる?)
  • 1175年(安元1年)3月1日:注進文で春日五神の本地仏が不空羂索観音薬師如来地蔵菩薩十一面観音文殊菩薩と記される。
  • 1163年(長寛1年)1月:春日祭始まる。
  • 1178年(治承2年):式年造替の制制定。
  • 1179年(治承3年):楼門・廻廊を設ける。
  • 1180年(治承4年)12月29日:南都焼討。春日大社は難を避けた。ただし東塔西塔は焼失。
  • 1203年(建仁3年):明恵、インド渡航を志すが春日神の託宣で断念。
  • 1215年(建保3年):興福寺四恩院の十三重塔を建立。
  • 1217年(建保5年)7月29日:東塔再建。
  • 1235年(嘉禎1年)7月:春日山の樹木2000本が枯れる「山木枯槁」が起こった。興福寺領と石清水八幡宮領の争いが背景にあるという。
  • 1243年(寛元1年):浄阿、若宮に自筆書写した大般若経を寄進。
  • 1246年(寛元4年):西塔再建。
  • 1301年(正安3年):神鏡奪取事件
  • 1034年(長元7年):神火出現
  • 1315年(正和4年):この頃までに春日権現験記絵完成。
  • 1323年(元亨3年):在銘最古の石灯籠寄進。
  • 1382年(弘和2年/永徳2年)閏1月23日:失火で焼失。
  • 1385年(元中2年/至徳2年)8月29日:将軍足利義満、二条良基らを従えて社参。以後、将軍社参が恒例となる。
  • 1411年(応永18年)閏10月15日:東塔西塔、落雷で焼失。
  • 1426年(応永33年)4月9日:本談義屋で興福寺仏地院による春日講始まる。
  • 1469年(文明1年):この頃には若宮おんまつり、11月27日となっていたが、この年は12月27日に斎行。
  • 1480年(文明12年):興福寺四恩院の十三重塔、焼失。

近世・近代

  • 1574年(天正2年)3月:織田信長、南都に下向。社寺を弾圧。
  • 1576年(天正4年)11月:筒井順慶、若宮おんまつりを再興。
  • 1593年(文禄2年)11月28日:豊臣秀吉の命令で大和猿楽四座がそろう。
  • 1595年(文禄4年):豊臣秀吉の検地で3200石とされる。
  • 近世:興福寺に朱印地2万1119石。うち春日領7908石。
  • 1604年(慶長9年)5月:徳川頼宣名の灯籠を奉納。
  • 1623年(元和9年)4月5日:水谷神社の禰宜能のとき、拝観していた郡山藩士と奈良奉行所同心が争い、藩士が負傷。騒動となる。
  • 1699年(元禄12年):桂昌院、祈祷所(桂昌殿)を寄進。
  • 1791年(寛政3年)9月5日:本談義屋焼失
  • 1863年(文久3年):式年造替。現在の社殿を造営。
  • 1868年(明治1年):神仏分離
  • 1871年(明治4年):境内上地。春日山の大部分を失う。
  • 1871年(明治4年)5月14日:官幣大社。社家の世襲廃止。
  • 1878年(明治11年):若宮おんまつり、12月17日となる。
  • 1880年(明治13年)2月14日:奈良公園、設置。
  • 1885年(明治18年)4月6日:勅祭社に列する。春日祭が復興され3月13日とされる。翌年から斎行。
  • 1888年(明治21年):春日神社から春日大社と改称。
  • 1945年(昭和20年):敗戦
  • 1956年(昭和31年):神社本庁に所属。別表神社に加列。
  • 1967年(昭和42年):藤裔会結成。
  • 2022年(令和4年):春日大社若宮の式年造替の制を再興。


境内

境内

社名 エリア 種別 祭神 概要
本殿第一殿 内院 本社 武甕槌命 祭神は武甕槌命(鹿島神)。
本殿第二殿 内院 本社 経津主命 祭神は経津主命(香取神)。
本殿第三殿 内院 本社 天児屋根命 祭神は天児屋根命。
本殿第四殿 内院 本社 比売神 祭神は比売神。中世には天照大神と同体という説も唱えられた。
本殿磐座 内院 その他
中門
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内院 その他
御廊 内院 その他 僧侶が読経する場だった
東御廊 内院 その他 一切経廊とも。
西御廊 内院 その他 唯識講廊とも。
北御廊 内院 その他 定講廊とも。
手力雄神社 内院 末社 天手力雄神 本殿東側。祭神は天手力雄神
飛来天神社 内院 末社 天御中主神 本殿東側。祭神は天御中主神
八雷神社 内院 末社 八雷神 本殿東側にある雷神信仰の神社。祭神は八雷神。
栗柄神社 内院 末社 火酢芹命 後殿。祭神は火酢芹命。
海本神社 内院 末社 大物主神 後殿。祭神は大物主神
杉本神社 内院 末社 大山咋神 後殿。祭神は大山咋神
佐軍神社 内院 末社 布都之霊 後殿。祭神は布都之霊。鹿島神が使う剣の霊。
榎本神社
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中院 摂社 猿田彦神 回廊にある。春日野の地主神。官社「春日神社」。摂社。祭神は猿田彦神
椿本神社 中院 末社 角振神 祭神は角振神。隼明神とも。
風宮神社 中院 末社 級長津彦命・級長津姫命 祭神は級長津彦命・級長津姫命。
多賀神社
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中院 末社 伊弉諾命 祭神は伊弉諾命。1146年(久安2年)、金剛童子社として創建(旧記勝出)。
岩本神社 中院 末社 表筒男命・中筒男命・底筒男命 祭神は表筒男命・中筒男命・底筒男命。住吉信仰の社。岩本神社の前には「住吉壇上」がある。
辛榊神社
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中院 末社 白和幣 東回廊沿い。祭神は白和幣。神木動座に関わる。穴吹神社の分社。これから神木動座で強訴を行うことを興福寺の僧侶が奉告していた。
青榊神社 中院 末社 青和幣 東回廊沿い。祭神は青和幣。神木動座に関わる。穴吹神社の分社。神木動座で強訴が終わったことを興福寺の僧侶が奉告していた。
井栗神社 中院 末社 高御産霊神 東回廊沿い。祭神は高御産霊神。穴吹神社の分社。
穴栗神社 中院 末社 穴次神 東回廊沿い。祭神は穴次神。穴吹神社の分社。
幣殿舞殿
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中院 その他 東側2間が幣殿、西側3間が舞殿(ぶでん)。
林檎の庭 中院 その他 幣殿舞殿の奥の広場。
南門
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中院 その他 楼門
額塚
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中院 その他 影向石とも。
回廊 中院 その他
慶賀門
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中院 その他 本来の正門。西回廊の三門で南側にある。
清浄門
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中院 その他 かつては僧正門といい、僧侶が出入りした。西回廊の三門で真ん中にある。
内侍門
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中院 その他 かつて斎女・内侍が出入りした。西回廊の三門で北側にある。
御蓋山浮雲峰遥拝所 中院 その他 回廊外。
藤浪之屋 中院 その他 かつては神職の詰所。
移殿 中院 その他 内侍殿。式年造替の時には仮殿となる。
直会殿 中院 その他 法華八講が行なわれていたので八講屋とも呼ばれた。
宝庫 中院 その他 春日祭に用いる神宝が収められている。
(神宮寺) 中院 その他 興福寺とは別にあった本来の神宮寺。806年の創建と伝え、明治の神仏分離まで存続した。
備殿 中院 その他 後殿とも。
御手洗川
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中院 その他
若宮神社
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若宮神社内 摂社 天押雲根命 祭神は天押雲根命。本殿の他、拝舎、細殿、神楽殿がある。1003年(長保5年)に初めて出現。「獅子の間」で祀られていた。五所王子とも呼ばれた。1135年(保延1年)、鳥羽上皇御幸のもとで新殿に遷座。1136年(保延2年)若宮祭、始まる。
三十八所神社
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若宮神社内 末社 伊弉諾命、伊弉冉命、神日本磐余彦命 蔵王権現信仰の神社。現在の祭神は伊弉諾命伊弉冉命神日本磐余彦命。1146年(久安2年)創建。平安時代末期の『旧記勝出』には金剛蔵王三十八所、子守勝手を祀るとあるが、江戸時代には現在の祭神が記録されている。若宮神社の摂社だったが、現在は春日大社末社。
手力雄神社 若宮神社内 末社 天手力雄神 祭神は天手力雄神。
通合神社 若宮神社内 末社 中臣祐房 初代若宮神主の中臣祐房を祀る霊社。
南宮神社
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若宮神社内 末社 金山彦神 祭神は金山彦神。
兵主神社
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若宮神社内 末社 大己貴命 祭神は大己貴命。諏訪大社と関係すると伝える。
三輪神社
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若宮神社内 末社 少彦名命 祭神は少彦名命。一童神社とも。
広瀬神社
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若宮神社内 末社 食稲魂神 祭神は食稲魂神。
葛城神社
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若宮神社内 末社 一言主神 祭神は一言主神。掛橋神社とも。
佐良気神社 若宮神社内 末社 蛭子神 祭神は蛭子神。
紀伊神社
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紀伊神社周辺 摂社 五十猛命、大屋津姫命、抓津姫命 摂社。祭神は五十猛命、大屋津姫命、抓津姫命。木宮社、木御社とも。
夫婦大国社
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紀伊神社周辺 末社 大国主命、須勢理姫命 祭神は大国主命、須勢理姫命。この建物は元々若宮神社御供所で「手水屋」とも呼ばれる。
金龍神社
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紀伊神社周辺 末社 金龍大神 祭神は金龍大神。後醍醐天皇の旧跡という。
龍王珠石 紀伊神社周辺 その他
金龍殿跡
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紀伊神社周辺 その他 後醍醐天皇がいた御殿。石碑が建つ。
宗像神社
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紀伊神社周辺 末社 市杵島姫命 祭神は市杵島姫命。弁財天社とも。空海が天河神社の分霊を祀ったという。
宗像神社旧跡
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紀伊神社周辺 その他
伊勢神宮遥拝所 紀伊神社周辺 その他 天照坐皇大御神・豊受大御神 遥拝石
枚岡神社遥拝所 紀伊神社周辺 その他 天児屋根命・比売神 遥拝石
本宮神社遥拝所
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紀伊神社周辺 その他
赤乳神社白乳神社遥拝所
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紀伊神社周辺 その他
春日明神遥拝所 紀伊神社周辺 その他 春日皇大神
如意石 紀伊神社周辺 その他 さぐり石とも
本宮神社 奥山 摂社 武甕槌命、経津主命、天児屋根命 春日大社の元宮。御蓋山山頂の本宮峰(浮雲峰)にある。摂社。祭神は武甕槌命、経津主命、天児屋根命。官社の「大和日向神社」に比定。
高山神社 奥山 末社 春日四座・若宮・祓戸・水谷 春日奥山五社の一つ。祭神は春日四座・若宮・祓戸・水谷。
鳴雷神社 奥山 末社 天水分神 春日奥山五社の一つ。祭神は天水分神。香山龍王社とも。近くに龍王池がある。
神野神社 奥山 末社 甕速日神・〓速日神・崇道尽敬皇帝 春日奥山五社の一つ。祭神は甕速日神・〓速日神・崇道尽敬皇帝
上水谷神社 奥山 末社 春日四座・若宮・水谷・猿田彦・祓戸 春日奥山五社の一つ。祭神は春日四座・若宮・水谷・猿田彦・祓戸。長尾社とも。
大神神社 奥山 末社 大物主神 春日奥山五社の一つ。祭神は大物主神
春日山石窟仏奥山 その他 1155年(久寿2年)造立。
一之鳥居 参道周辺 その他
影向松
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参道周辺 その他
若宮神社御旅所
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参道周辺 その他
春日東塔
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参道周辺 その他
春日西塔
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参道周辺 その他
飛火野 飛火野周辺 その他
鹿苑 飛火野周辺 その他
鹿塚 飛火野周辺 その他 石積みの塚と「神鹿之塚」碑がある。
万葉植物園 飛火野周辺 その他
遥拝石 飛火野周辺 その他 万葉植物園内。「神」と刻まれている。
旧経蔵 外院・社務所周辺 その他 神仏分離で東屋に改造され、奈良公園に移築されたが、2022年に万葉植物園内に移築された。
祓戸神社
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外院・社務所周辺 末社 瀬織津比売 祭神は瀬織津比売。元々は摂社だったが現在は末社。
竈殿神社
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外院・社務所周辺 末社 興津彦神・興津姫神 祭神は興津彦神・興津姫神。竈殿(へついどの)は春日祭の神饌を調進する殿舎。
酒殿神社
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外院・社務所周辺 末社 酒弥豆男神・酒弥豆女神 祭神は酒弥豆男神・酒弥豆女神。酒殿は春日祭に供える濁酒を醸造する殿舎。春日大社創建以前の『続日本紀』の750年(天平勝宝2年)2月16日条に「天皇が春日酒殿に行幸した」とあり、古い由緒を伝える。
船戸神社
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外院・社務所周辺 末社 衝立船戸神 興福寺大乗院の祈祷屋の鎮守。祭神は衝立船戸神。神仏分離で遷座か。
船戸神社旧地 外院・社務所周辺 その他
総宮神社
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外院・社務所周辺 末社 伊勢大神・春日大神・八幡大神・白山大神・三光宮・二上権現・窪弁財天・北向荒神・睡大神 興福寺五重塔の鎮守。祭神は伊勢・春日・八幡。神仏分離で遷座。
一言主神社
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外院・社務所周辺 末社 一言主神 興福寺南円堂の鎮守。祭神は一言主神。神仏分離で遷座。
壺神神社
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外院・社務所周辺 末社 元は社家町の南郷(高畑)・北郷(野田)の2カ所に祀られていた。
龍王社 外院・社務所周辺 末社 龍王大神 2018年復興。鳴雷神社の里宮。
着到殿
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外院・社務所周辺 その他
車舎
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外院・社務所周辺 その他
祖先祭場
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外院・社務所周辺 その他 旧大炊殿。
祈祷殿
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外院・社務所周辺 その他 桂昌殿と呼ばれる。「新建」(しんだて)と呼ばれる旧社務所が接続。
上屋四足門 外院・社務所周辺 その他
板蔵 外院・社務所周辺 その他 元は一切経蔵。
二之鳥居 外院・社務所周辺 その他
藤鳥居 外院・社務所周辺 その他 左右に築地塀がつながる。
社務所 外院・社務所周辺 その他
景雲殿 外院・社務所周辺 その他
貴賓館 外院・社務所周辺 その他
祈祷所 外院・社務所周辺 その他
国宝殿
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外院・社務所周辺 その他
感謝共生の館 外院・社務所周辺 その他
石塔
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外院・社務所周辺 その他
水谷神社
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外院・水谷川沿い 摂社 素戔嗚命・大己貴命・奇稲田姫命 牛頭天王信仰の神社。摂社。934年、京都八坂神社から分霊。本殿の下にある磐座は漆喰で固められた特殊な祭られ方をされている。拝殿も備える。本殿と拝殿の間には「子授け石」がある。
聖明神社
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外院・水谷川沿い 末社 聖明神 四恩院の鎮守。祭神は「聖明神」とする。「陰陽師の信仰が篤かった」という。周辺の野田村には陰陽師の幸徳井家の屋敷があったのでその関係か。
愛宕神社 外院・水谷川沿い 末社 火産霊神 四恩院の鎮守。祭神は「火産霊神」。近年、聖明神社の横に遷座。
天神社 外院・水谷川沿い 末社 天常立尊 四恩院の鎮守。北野天満宮の分社というが、祭神は菅原道真でなく「天常立尊」とされる。
浮雲神社
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外院・水谷川沿い 末社 天児屋根命 四恩院の鎮守。祭神は「天児屋根命」。浮雲峰にある本宮神社と同体という。
(月日岩) 外院・水谷川沿い その他 奈良県奈良市春日野町。水谷川の上流。南都・氷室神社の元の鎮座地ともいわれる。
住吉神社
春日大社・境外・住吉神社・市ノ井恵毘須神社-02.jpeg
高畑方面 末社 表筒男命・中筒男命・底筒男命 奈良県奈良市春日野町。祭神は表筒男命・中筒男命・底筒男命。春日祭には近くの能登川から砂を取って砂置式に用いた。
市ノ井恵毘須神社
春日大社・境外・住吉神社・市ノ井恵毘須神社-05.jpeg
高畑方面 末社 事代主命 奈良県奈良市春日野町。祭神は事代主命。社殿がなく磐座が御神体。
赤乳神社
春日大社・境外・赤乳神社-02.jpeg
高畑方面 末社 稚日〓神 奈良県奈良市白毫寺町。能登川。加太神社と関係があるという。祭神は稚日〓神。
白乳神社
春日大社・境外・白乳神社-01.jpeg
高畑方面 末社 志那斗弁神 奈良県奈良市春日野町。能登川。加太神社と関係があるという。祭神は志那斗弁神。
南都・鏡神社高畑方面 独立神社 奈良県奈良市高畑町。現在は末社ではないが、社家町高畑(南郷)の産土神。
野上神社 若草山 末社 草野姫命 奈良県奈良市春日野町。若草山。祭神は草野姫命。若草山の山焼きで祭典を行う。
石荒神社 若草山 末社 火産霊神 奈良県奈良市春日野町。若草山。祭神は火産霊神。式年造替のときに工匠が荒神祓をここで受ける。社殿はなく磐座。
拍子神社
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境外 末社 狛近真 奈良県奈良市登大路町。狛近真を祀る霊社。1081年(永保1年)の創建。南都楽所ゆかり。
南都・氷室神社境外 独立神社 奈良県奈良市春日野町。末社ではない。春日曼荼羅には描かれる。
率川神社
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市街地 独立神社 奈良県奈良市本子守町。現在は大神神社摂社。1879年(明治12年)まで春日大社摂社だった。
采女神社
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市街地 末社 采女命 奈良県奈良市樽井町。猿沢池のほとりにある。祭神は采女命。
大宿所 市街地 その他 奈良県奈良市餅飯殿町。
大福稲荷神社 市街地 末社 大福稲荷大神 奈良県奈良市餅飯殿町。祭神は大福稲荷大神。南市恵比須神社境内にあったが、1948年(昭和23年)大宿所に遷座。
初宮神社 市街地 末社 宮中八神殿・伊勢・春日・住吉 奈良県奈良市鍋屋町。祭神は宮中八神殿・伊勢・春日・住吉。平城京の神祇官八神殿の後身という。藤原道長が再興。おん祭りに出仕する田楽座が参拝。
手力雄神社 市街地 末社 天手力雄神 奈良県奈良市橋本町。興福寺三重塔の鎮守。祭神は天手力雄神。
高天市恵比須神社
春日大社・境外・高天市恵比須神社-02.jpeg
市街地 末社 事代主命 奈良県奈良市高天市町。祭神は事代主命。1533年(天文2年)に開設された高天市の市神。
高天市稲荷神社
春日大社・境外・高天市恵比須神社-04.jpeg
市街地 その他 奈良県奈良市高天市町。記載なし。末社には数えられていないようだ。
南市恵比須神社
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市街地 末社 事代主命 奈良県奈良市南市町。祭神は事代主命。南市の市神。
(梨子原) 市街地 その他
(宿院) 市街地 その他
南都・隼神社
南都隼神社 (2).JPG
市街地 独立神社 奈良県奈良市角振新屋町。椿本神社とも。現在は末社ではない。
大和・倭文神社 辰市 兼務社 武羽槌雄命・経津主命・誉田別命 奈良県奈良市西九条町。村社。祭神は武羽槌雄命・経津主命・誉田別命。中臣時風・秀行が創建。なぜ倭文氏の祖神を中臣氏が祀ったのかは不明。神宮寺として龍頭寺があった。頭屋神主の制度が伝わる。現在は春日大社の兼務社。
時風神社 辰市 兼務社 中臣時風・中臣秀行 奈良県奈良市西九条町。中臣時風・中臣秀行を祀る霊社。二人は兄弟で、鹿島神と共に常陸から来て、春日大社の社家中臣氏の祖となったとされる。現在は春日大社の兼務社。
辰市神社辰市 独立神社 武甕槌命・経津主命 奈良県奈良市杏町。中臣時風・秀行の館跡とされる。祭神は武甕槌命・経津主命。村社。神宮(こうのみや)社・鴻ノ宮とも。春日大社と密接な関係にあった。元亀2年(1571)、戦乱で焼失。寛政10年(1798)再興。現在は末社や兼務社ではない。
赤穂神社
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高畑方面 独立神社 天児屋根命・天満天神・弁才天 奈良県奈良市高畑町。紀伊神社四所の一社。官社。村社。
島田神社 独立神社 奈良県奈良市八島町。紀伊神社四所の一社。官社。村社。
御前原石立命神社古市 独立神社 奈良県奈良市古市町宮脇。紀伊神社四所の一社。官社。村社。
穴吹神社古市 独立神社 奈良県奈良市古市町。伊栗社(太玉命)、穴栗社(高御産霊尊)、青榊社(青和幣)、辛榊社(白和幣)の四殿からなる。官社。村社。春日大社中院に分社がある。
天乃石吸神社 廃絶 跡地不詳。紀伊神社四所の一社。官社。立磐神社や山添六所神社が論社。
宅春日神社
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高畑方面 独立神社 枚岡神が春日大社に鎮座する前に一時滞在した旧跡という。

画像

太字

組織

明治維新以前は三惣官が社務を統括した。三惣官とは神主(春日神主)、正預、若宮神主の三者である。 神主職は992年の設置で大中臣氏が世襲。のちに中東家などとなった。権官として権神主職なども設けられた。正預職は768年に設置された造宮預と神宮預が992年に統合設置されたもので、起源は神主職より古い。中臣氏の世襲で、のちに大東家や辰市家が成立した。権官として権預職などが置かれた。若宮神主は若宮神社の成立に合わせて1135年に設置され、中臣氏が世襲した。のちに千鳥家が成立した。若宮神主には権官は置かれなかった。三惣官とその権官を社司と呼び、藤原氏長者の権限で補任された。春日社で社家といった場合、社司に就くことができる家のことを指した。社家は階位を得た。中臣氏は鹿島神が鹿に乗って鹿島神宮から遷ってくるのに随行してきた神職の末裔とされる。大中臣氏は朝廷の神祇官から春日祭のために派遣された非常勤の者が定住して成立したとされ、中臣氏より新しいが、高官の出自であるため朝廷からは中臣氏より優位に扱われた。

明治維新で「神社は国家の宗祀」として神職の世襲禁止が決まった以降は全国で統一された組織が置かれ、宮司は官選で決まった。しかし戦後、藤原氏旧華族が宮司に就くように定められたようだ。

神主

  • 「中臣社司補任」[1]
  • 『新修春日社社司補任記』

正預

  • 「辰市家系譜」[2]
  • 「大東家祠官系譜」[3]

若宮神主

宮司

  • 明治初年は「大宮司」だった。
春日大社歴代宮司
代数 名前 生没 在職 略歴
1 水谷川忠起 1848-1923 1872-1923 奈良華族。男爵水谷川家初代。近衛家出身。近衛忠煕の子。興福寺別当238世。一乗院門跡44世。1848年(嘉永1年)生。幼名は起丸。1852年(嘉永5年)3月12日、一乗院宮尊応法親王が青蓮院門跡に転じたため、その後任として尊応法親王の付弟となる。1855年(安政2年)11月25日、入室。1857年(安政4年)12月、得度。応昭と名乗る。1864年(元治1年)3月16日、権僧正法印。20日興福寺別当。1866年(慶応2年)3月10日、大僧正。1868年(明治1年)4月29日、勅許を得て還俗し、僧位僧官を返上。同日、春日社の「新神司」となる。9月29日、元服し、従五位下となり即日昇殿。1869年(明治2年)2月3日、水谷川忠起と名乗る。3月6日、堂上家格を賜る。1872年(明治5年)6月15日、神勤を免じられるが、同日、春日神社大宮司に任命される。7月22日、教導職権少教正。1874年(明治7年)10月28日、家禄260石。1875年(明治8年)3月23日、華族に列する。1876年(明治9年)5月22日、少教正。制度改正で1879年(明治12年)1月23日、春日神社宮司。1882年(明治15年)8月16日、大和国官幣社職員協議会(奈良県神職会の前身)を設立。1884年(明治17年)7月8日、男爵。1887年(明治20年)10月4日、談山神社宮司を兼務(1891年(明治24年)3月23日まで)。1908年(明治41年)従三位。1918年(大正7年)正三位。1920年(大正9年)勅任官待遇。1923年(大正12年)5月25日死去。(叙勲裁可書[4]ほか)
2 二条基弘 1859-1928 1923-1928 公爵二条家当主。1859年(安政6年)生。1871年(明治4年)3月14日、従五位。1884年(明治17年)4月1日から5月29日まで、式部寮御用掛。7月7日、公爵。1887年(明治20年)から1889年(明治22年)までイギリス・ケンブリッジ大学留学。1897年(明治30年)英照皇太后葬儀の斎官を務める。同年4月21日、英照皇太后一年祭まで「御霊代守護」を命じられる。1907年(明治40年)から1916年(大正5年)まで宮中顧問官。1919年(大正8年)隠居。1923年(大正12年)6月18日、春日神社宮司。1928年(昭和3年)4月4日、在職中死去(官報)。
3 江見清風 1868-1939 1928-1937 新潟県の乙子神社神職の金子豊雄の次男。1868年(明治1年)生。1890年(明治23年)、西奈弥羽黒神社神職の江見田鶴雄の養子となる。1894年(明治27年)、国学院大学卒業。『古事類苑』『大神宮史』編纂に従事。1896年(明治29年)9月19日、弥彦神社宮司。1900年(明治33年)10月15日、伊勢神宮禰宜。八坂神社宮司を経て1925年(大正14年)2月12日、明治神宮権宮司。1928年(昭和3年)5月9日から1937年(昭和12年)11月29日まで春日神社宮司。歴史、文学、祝詞に関する研究を行い、著書多数。1939年(昭和14年)1月11日死去。江見千代松。(「江見清風先生略年譜」[5]
4 秋岡保治 1886-1971 1937-1939 神社本庁事務総長。神宮少宮司。神社本庁長老。1886年(明治19年)生。砥鹿神社宮司、沼名前神社宮司、鎌倉宮宮司、鶴岡八幡宮宮司、明治神宮権宮司を歴任。1937年(昭和12年)11月29日、春日神社宮司。1939年(昭和14年)6月24日、日枝神社宮司。1947年(昭和22年)6月27日、伊勢神宮少宮司就任。1971年(昭和46年)死去。
5 大和田貞策 1880-1947 1939-1946 栃木県出身。1902年(明治35年)国学院大学卒。1909年(明治42年)八坂神社禰宜。1914年(大正3年)12月12日、生田神社宮司。1915年(大正4年)3月1日、正七位。1920年(大正9年)3月20日、従六位。1922年(大正11年)3月4日、出羽三山神社宮司。1931年(昭和6年)12月10日、日光東照宮宮司。1935年(昭和10年)1月14日、多賀神社宮司。1935年(昭和10年)2月15日、従五位。1939年(昭和14年)6月24日、春日神社宮司。1942年(昭和17年)3月2日、正五位。1947年(昭和22年)死去。著書『生田神社誌』[6]、『官幣中社生田神社誌要』[7]
6 水谷川忠麿 1902-1961 1946-1961 男爵水谷川家2代当主。近衛篤麿の子。近衛文麿の実弟。1902年(明治35年)生。1918年(大正7年)水谷川忠起の養子となる。京都帝国大学文学部卒。1923年(大正12年)家督相続し、男爵。内務大臣秘書官、大蔵大臣秘書官、貴族院議員など歴任。1946年(昭和21年)12月、春日大社宮司。談山神社宮司兼務?。1961年(昭和36年)5月20日死去。58歳。墓所は興福院。華道御門流を再興。霞山会理事長。著書『槐記の茶料理』[8]、『近衛直麿遺稿集』[9]、『陽明文庫図録』。遺稿集『紫山水谷川忠麿遺稿』。
7 三条実春 1913-1990 1961-1971 旧公爵三条家の当主。神社本庁長老。京都府神社庁長。三条公輝の子。三条実美の孫。1913年(大正2年)生。東京帝国大学仏文科卒。掌典職を経て1961年(昭和36年)10月3日から1971年(昭和46年)8月31日まで春日大社宮司。平安神宮宮司、建勲神社宮司を歴任。1990年(平成2年)6月30日死去。 (略歴は、平安神宮#組織を参照)
8 花山院親忠 1918-1994 1971-1994 旧侯爵花山院家当主。花山院親家の子。1918年(大正7年)生。1941年(昭和16年)国学院大学国文科卒。神祇院嘱託。1946年(昭和21年)氷川神社禰宜。同年、佐賀県立高校教諭。1969年(昭和44年)佐賀県教育委員会学校教育課長。1971年(昭和46年)県立三養基高校校長。1971年(昭和46年)8月31日、春日大社宮司。1994年(平成6年)2月28日、在職で死去。75歳。
9 葉室頼昭 1927-2009 1994-2008 旧伯爵葉室家当主。1927年(昭和2年)生。大阪大学医学部卒。1973年(昭和48年)葉室形成外科病院を開業。生国魂神社権禰宜。1992年(平成4年)6月1日、枚岡神社宮司。1994年(平成6年)8月1日から2008年(平成20年)3月31日まで春日大社宮司。2009年(平成21年)1月3日死去。著書『神道のこころ』など多数。
10 花山院弘匡 1962- 2008-現職 旧侯爵花山院家33代当主。花山院親忠の子。佐賀県生まれ。1962年(昭和37年)生。1985年(昭和60年)国学院大学文学部神道学科卒。奈良県立富雄高校、片桐高校、奈良高校の教諭を歴任。2008年(平成20年)4月1日、春日大社宮司に就任。南都楽所会長。著書『神道―千年のいのり』『春日大社のすべて―宮司が語る御由緒三十話』。

少宮司・権宮司

代数 名前 生没 在職 略歴
勝部静男 1831-1893 不詳 尊攘派志士。鳥取藩士。1831年(天保2年)生。京都と鳥取を往復して国事に奔走。1863年(文久3年)の本圀寺事件で9月12日、京都に派遣され、知恩院内の良正院で処分を待っていた河田景与に謹慎を言い渡した。9月25日、石清水八幡宮の双樹院如雲(法園寺忍海?)を高知藩士と共に暗殺。禁門の変の後、1864年(元治1年)9月7日、謹慎を命じられる。戊辰戦争で鳥取藩軍艦参謀。1870年(明治3年)9月6日、鳥取藩少属。春日神社少宮司、出雲大社禰宜を経て出雲大社少宮司。1874年(明治7年)5月27日、出雲大社少宮司兼大講義として千家尊福・浦田長民と共に請復神祗官議を提出。10月には権少教正になっている。のち司法省に勤務か。1893年(明治26年)死去。
宮生泰基 生没年不詳 ?-1873 鏡作神社祠官か。1873年(明治6年)まで。
石沢命文 ?-1923 不詳 裁判官。大和郡山藩士。1874年(明治7年)頃、春日神社少宮司在職か。1876年(明治9年)司法省十二等出仕。1877年(明治10年)判事補。1881年(明治14年)8月、検事。1890年(明治23年)10月、大阪地方裁判所部長。1894年(明治27年)5月、富山地方裁判所長。1898年(明治31年)12月、大阪控訴院部長。同月退職。1923年(大正12年)1月29日死去。著書『市町村制釈義』。
大橋長憙 1835-1896 ?-1875 宮内省官吏。谷森善臣の従兄弟。大橋長広の子。1835年(天保6年)生(1837年(天保8年)とも)。1864年(元治1年)5月4日、再興された諸陵寮の史生に任命される。1870年(明治3年)3月7日、新制諸陵寮の権大属。1875年(明治8年)まで春日神社少宮司。1880年(明治13年)12月、大沢清臣と共に『天武天皇持統天皇檜隈大内陵所在考』を記し、天武天皇陵の治定替えにつながる。1896年(明治29年)2月10日死去。62歳。墓所は西徳寺、のち一心院に改葬。著書『垂仁天皇皇子五十瓊敷入彦命宇度墓決定書・景行天皇皇子日本武尊白鳥陵決定書』[10]、『倉梯岡陵考』[11]、「橿原宮址」[12]、『大橋長喜草稿』『諸陵要記』『尊秀王墓決定書類』、『東大寺正倉院宝庫』[13]、『陵墓沿革』など。多くの古典籍を書写した。大橋長喜。[14]
田中秀善 1846-? 1875-1877 神祇官僚。1846年(弘化3年)生。代々朝廷に仕え、父は御賄方だった。1852年(嘉永5年)家督相続。長州征討で各藩邸に出兵命令の伝達役を担う。1868年(明治1年)1月、太政官出仕。10月、神祇官筆生。1869年(明治2年)7月、神祇官史生。10月、権少史。1871年(明治4年)8月、権中録。1872年(明治5年)2月、豊受大神宮権禰宜を兼務。6月、教導職権中講義。1875年(明治8年)8月、貴船神社宮司。権大講義。10月、春日神社少宮司。1877年(明治10年)8月、大講義。12月、少宮司廃止で春日神社禰宜。1879年(明治12年)12月、神宮教二等補教。1880年(明治13年)12月、春日神道事務支局長。1881年(明治14年)10月、奈良神道事務局副長。1891年(明治24年)3月、談山神社宮司。1892年(明治25年)3月、龍田神社宮司。1893年(明治26年)元旦に拝謁。12月、従六位。1899年(明治32年)10月、神宮神部署神部補。1901年(明治34年)2月15日から1914年(大正3年)8月13日まで神宮禰宜。(『神都名家集』[15]
森口奈良吉 1875-1968 1947-1948 1947年(昭和22年)1月、春日大社権宮司。1948年(昭和23年)12月退職。(略歴は、吉田神社#組織を参照)
大東延篤 ?-1976 旧社家の大東家の出身。1976年(昭和51年)11月18日死去。著書は「春日社司について」[16]、『新修春日社社司補任記』など。遺稿集『たけのしけみ―大東延篤遺詠抄』。
一瀬清 生没年不詳 ?-1978 日吉大社に奉仕。戦後、春日大社権宮司。1978年(昭和53年)3月31日まで。
堀川佐一郎 ?-1962 1954-1962 1925年(大正14年)春日大社奉職。1954年(昭和29年)春日大社権宮司。1962年(昭和37年)3月17日死去。53歳。雅楽に通じ、全国で指導に当たった。著書『春日若宮祭』『春日祭略記』
菅居正也 ?-1979 1976-1979 1941年(昭和16年)橿原神宮に奉仕。熊野那智大社禰宜。1955年(昭和30年)6月3日、熊野那智大社権宮司。1976年(昭和51年)12月3日、春日大社権宮司。1979年(昭和54年)6月21日死去。63歳。
千鳥祐佶 生没年不詳 1979-1980 1979年(昭和54年)8月23日、春日大社権宮司。1980年(昭和55年)3月31日まで。
中根義明 1916-? 1979-1994 群馬県出身。1916年(大正5年)生。1936年(昭和11年)皇典講究所神職養成部卒。諏訪神社主典、野田神社主典を得て1946年(昭和21年)橿原神宮禰宜。1949年(昭和24年)熊野那智大社禰宜。1952年(昭和27年)春日大社禰宜。1979年(昭和54年)8月23日から1994年(平成6年)9月30日まで春日大社権宮司。
中東弘 1941- 1997-2006 大阪府出身。1941年(昭和16年)生。1960年(昭和35年)大社国学館卒。大山祇神社に奉職。1964年(昭和39年)春日大社に奉職。1997年(平成9年)7月1日から2006年(平成18年)3月31日まで春日大社権宮司。2009年(平成21年)枚岡神社宮司。
宮本徳穂 ?-2009 1997-2001 1997年(平成9年)7月1日から2001年(平成13年)7月24日まで春日大社権宮司。2009年(平成21年)5月1日死去。66歳。
岡本彰夫 1954- 2001-2015 1954年(昭和29年)生。1977年(昭和52年)国学院大学文学部神道科卒。春日大社に奉職。権禰宜、禰宜を経て2001年(平成13年)7月25日から2015年(平成27年)6月まで春日大社権宮司。奈良県立大学客員教授。
伊勢久夫 1956- 2007- 1956年(昭和31年)生。2007年(平成19年)10月1日、春日大社権宮司。

藤裔会会長

  • 二条弼基()<>:神宮大宮司。
  • 九条道弘()<>:平安神宮宮司。
  • 近衛忠煇()<>:

資料

  • 1926『官幣大社春日神社大鑑』[17]
  • 『春日神社文書』1、2、3
  • 『春日社記録』
  • 『古事類苑』「春日神社」[18]


二十二社
上七社 1伊勢神宮
Ise-jingu 038.jpg
2石清水八幡宮
Iwashimizu-hachimangu 015.jpg
3賀茂神社
上賀茂神社下鴨神社
上賀茂神社008.jpg下鴨神社・鴨川道標.jpg
4松尾大社
Matsunoo-taisha (2).jpg
5平野神社
Hirano-jinja 001.jpg
6伏見稲荷大社
Fushimi-inari-taisha 015.jpg
7春日大社
春日大社・額塚 (1).jpg
中七社 8大原野神社
Ooharano-jinja (9).jpg
9大神神社
Oomiwa-jinja (2).jpg
10石上神宮
石上神宮・拝殿・-04.jpeg
11大和神社
大和神社・拝殿 (1).jpg
12広瀬大社
Hirose-taisha (13).JPG
13龍田大社
龍田大社001.jpg
14住吉大社
Sumiyoshi-taisha (49).jpg
下八社 15日吉大社
Hiyoshi-taisha (8).JPG
16梅宮大社
Umenomiya-taisha 001.jpg
17吉田神社
Daigen-gu (4).jpg
18広田神社
Hirota-jinja (7).jpg
19八坂神社
京都八坂神社0007.jpg
20北野天満宮
北野天満宮A (34).jpg
21丹生川上神社
上社・中社・下社
Niu-kawakami-jinja-kamisha (6).jpgNiu-kawakami-jinja-nakasha (2).jpgNiu-kawakami-jinja-simosha (3).jpg
22貴船神社
Kifune-jinja (20).jpg
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%98%A5%E6%97%A5%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

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