ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

松尾大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月30日 (土)

移動: 案内, 検索
松尾大社
まつのお たいしゃ
Matsunoo-taisha (2).jpg
概要 松尾神社の総本社。
奉斎 大山咋命、中津島姫命
(土岐昌訓論文)
所在地 京都府京都市西京区嵐山宮町3
所在地(旧国郡) 山城国葛野郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正一位勲二等二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社
関連記事 松尾大社関連旧跡弁才天厳島信仰公祭古事記神話登場神社


松尾大社(まつのお・たいしゃ)は、京都府京都市西京区にある松尾信仰の総本社。秦氏の神。酒の神。官社(式内社)・名神大社正一位勲二等二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社松尾大社関連旧跡弁才天信仰宗像厳島信仰公祭古事記神話登場神社も参照。

目次

歴史

松尾大社(国土地理院空中写真より)
松尾大社と月読神社(国土地理院空中写真より)
松尾大社と梅宮大社(国土地理院空中写真より)
  • 701年(大宝1年): 秦忌寸都里が中都大神を迎えて社殿を造営。娘の知満留女を奉仕させたという(本朝文集)。
  • 712年(和銅5年):『古事記』編纂。松尾大社のことに触れる。
  • 718年(養老2年): 秦忌寸都駕布が祝となる(秦氏本系帳)。
  • 730年(天平2年):「大社」の称を許される
  • 784年(延暦3年)11月20日:桓武天皇が長岡京遷都を松尾大社に奉告。従五位下とする(続日本紀)。
  • 847年(承和14年)7月26日:従三位。(続日本後紀)。
  • 852年(仁寿2年)5月8日:正二位(文徳実録)。
  • 貞観年間:松尾祭始まる。
  • 866年(貞観8年)11月20日:正一位(三代実録)。
  • 1004年(寛弘1年)10月14日:一条天皇行幸。
  • 1285年(弘安8年):大火災で社殿焼失。
  • 1397年(応永4年):本殿再建。
  • 1423年(応永30年):本殿再建。
  • 1542年(天文11年):現在の本殿を造営。1423年(応永30年)の古材も一部使われている。
  • 1615年(元和1年)7月:徳川幕府、1078石を安堵。
  • 1871年(明治4年):官幣大社。
  • 1950年(昭和25年):松尾大社と改称。
  • 1975年(昭和50年):重森三玲作庭。
  • 2018年(平成30年)6月9日:本殿遷座祭。翌日奉幣祭。(2016/11/25仮殿遷座祭)

境内

エリア 名称 社格など 所在地 概要
本社 大宮 本社 境内 松尾七社の一つ。本社。
本社 磐座 その他 境内 降臨の地。
本社 三宮社 末社 境内 松尾七社の一つ。祭神は玉依姫命。 四大神社と相殿。
本社 四大神社 末社 境内 松尾七社の一つ。祭神は春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神。秦氏の祖霊ともいう。三宮社と相殿。四之社。
本社 衣手社 末社 境内 松尾七社の一つ。祭神は羽山戸神。
本社 一挙社 末社 境内 祭神は一挙神。一挙神はどのような神か不詳。
本社 金刀比羅社 末社 境内 祭神は大物主神
本社 祖霊社 末社 境内 祖霊社
本社 滝御前社 末社 境内 霊亀の滝の前にある。
月読 月読神社 摂社 京都府京都市西京区松室山添町 松尾七社の一つ。祭神は月読命官社名神大社
月読 御船社 末社 京都府京都市西京区松室山添町 月読神社内。祭神は天鳥舟命。松尾祭の最初に船渡御の安全を願う。
月読 聖徳太子社 末社? 京都府京都市西京区松室山添町 月読神社内。祭神は聖徳太子
月読 月延石 その他 京都府京都市西京区松室山添町 月読神社内。
櫟谷 櫟谷神社 摂社 京都府京都市西京区嵐山中尾下町 松尾七社の一つ。祭神は奥津島姫命。官社。1877年(明治10年)、松尾大社摂社となる。
櫟谷 宗像神社 摂社 京都府京都市西京区嵐山中尾下町 松尾七社の一つ。祭神は市杵島姫命。1877年(明治10年)、松尾大社摂社となる。嵐山弁財天社とも。
その他 松尾祭河原斎場 その他 京都府京都市右京区西京極河原町裏町 船渡御を終えた神輿と唐櫃が集まる河川敷。団子神饌を供える。桂大橋の東岸。
川勝寺 川勝寺御旅所 御旅所 京都府京都市右京区西京極北裏町
川勝寺 川勝寺三宮神社 末社 京都府京都市右京区西京極北裏町 川勝寺御旅所内。祭神は玉依姫命大山祇神酒解神。1953年(昭和28年)、松尾大社境外末社となる。
川勝寺 道祖神社 末社? 京都府京都市右京区西京極北裏町 川勝寺御旅所内。祭神は猿田彦神、羽山戸神、別雷神大山咋神応神天皇
衣手 衣手御旅所 御旅所 京都府京都市右京区西京極東衣手町
衣手 郡衣手神社 末社 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は羽山戸神と玉依姫命。「衣手の森」の故地で、松尾大社境内衣手社の元の鎮座地ともいう。玉依姫命を祀る「三宮社」が直接の起源で、1875年(明治8年)に松尾大社境内衣手社から羽山戸神を分霊合祀。1978年(昭和53年)に「衣手神社」と改称して松尾大社境外末社となった。本殿は1679年(延宝7年)、拝殿は1852年(嘉永5年)の造営。衣手神社。
衣手 野宮社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は天照大御神
衣手 八王子社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。
衣手 諏訪社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は建御名方神
衣手 幸神社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は道祖神
衣手 山王社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は日吉神
西七条 西七条御旅所 御旅所 京都府京都市下京区西七条南中野町 松尾祭で、本社・宗像・櫟谷・四之社の神輿4基と月読の唐櫃が渡御。滞在期間は4月下卯から5月上酉まで、現在では4月20日以降の最初の日曜から3週間。元は3カ所あった御旅所を合併したらしい。
西七条 武御前社 末社? 京都府京都市下京区西七条南中野町 西七条御旅所内。祭神は武甕槌命
西七条 (櫟谷社御旅所) 御旅所 京都府京都市下京区西七条北東野町 綱敷行衛天満宮の地にあった。廃絶。
西七条 綱敷行衛天満宮 末社 京都府京都市下京区西七条北東野町 旧櫟谷社御旅所内。もともと綱敷天満宮があり西の行衛天満宮を1934年(昭和9年)に合祀。村社。
西七条 (宗像社御旅所) 御旅所 京都府京都市下京区西七条北西野町 安阿弥寺の北にあった。廃絶。
唐橋 西寺跡御旅所 御旅所 京都府京都市南区唐橋西寺町 古代の西寺の跡地。還幸祭の時、本社に戻る前に各御旅所から全ての神輿と唐櫃が渡御する。かつては神輿・唐櫃を「金堂ノ跡」(「旭の杜」)に奉安した。粽の御供、赤飯座の特殊神饌を供えた。近年の発掘調査でこの「金堂ノ跡」は講堂跡とみられることが分かった。
唐橋 唐橋道祖神社 末社 京都府京都市南区唐橋平垣町 西寺跡の近く。祭神は猿田彦大神天宇受売命。1573年(天正1年)創建。1877年(明治10年)頃、松尾大社末社となる。
朱雀 朱雀御旅所 御旅所 京都府京都市下京区朱雀裏畑町 還幸祭の時に西寺の後、全ての神輿と唐櫃が揃って祭典を行う。
朱雀 朱雀松尾総神社 末社 京都府京都市下京区朱雀裏畑町 朱雀御旅所内。祭神は月読命
その他 高田三宮神社 末社 京都府京都市右京区嵯峨野高田町
その他 京都・大井神社 末社? 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町 祭神は倉稲魂神

組織

古代から明治まで秦氏が奉仕し、神主東家・正禰宜南家などがいたが、中世には月読神社の伊岐氏(卜部氏)の松室家が実権を握った。


大宮司・宮司

  • 久我建通()<1872-1873>:1872年(明治5年)から1873年(明治6年)3月まで松尾神社大宮司。賀茂別雷神社・賀茂御祖神社・貴船神社の宮司を兼務。(略歴は賀茂別雷神社#組織を参照)
  • 師岡正胤(1829-1899)<1873-?>:江戸出身の国学者・志士。布志乃屋。大国隆正に師事。平田派に入門。足利将軍像梟首事件に関与し、捕縛される。上田に幽閉。1868年(明治1年)刑法官出仕。監察使知事。1870年(明治3年)宣教権中博士。1873年(明治6年)3月25日、松尾神社大宮司、権少教正。神道事務局教授。神宮教に関わる。子に幸徳秋水妻の幸徳千代子。(『神道人名辞典』、『国史大辞典』)
  • 山名茂淳()<>:
  • 近藤芳介(1822-1898)<1875-1879>:山口藩出身の国学者。1875年(明治8年)から1879年(明治12年)まで松尾大社宮司。(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
  • 松原貴速(1831-?)<1879-1883>:明治前期の内務官僚・神職。1879年(明治12年)から1883年(明治16年)まで松尾大社宮司。没年不詳。(略歴は、広瀬神社#組織を参照)
  • 藤井行徳(1855-1932)<>:平野神社の社家で堂上家の藤井家の当主。卜部氏。松尾大社宮司、白峰宮宮司を歴任。1921年(大正10年)5月17日から1929年(昭和4年)3月まで平野神社宮司。子爵。貴族院議員。
  • 立木兼善(1834-1909)<1895-1902>:1895年(明治28年)から1902年(明治35年)まで松尾大社宮司。(略歴は、石上神宮#組織を参照)
  • 赤川戇助(1843-1921)<1903-1907>:山口藩士。内務官僚。1903年(明治36年)2月6日から1907年(明治40年)3月6日まで松尾大社宮司。(〓は章+夂+貢の下に心) (略歴は、長田神社#組織を参照)
  • 檜垣常伯()<?-1910>:1910年(明治43年)11月29日、北野天満宮に転任。(略歴は、北野天満宮#組織を参照)
  • 長谷外余男(1890-1973)<1910-1918>:1910年(明治43年)11月29日、大鳥神社宮司から転任して松尾神社宮司。1918年(大正7年)まで。(略歴は、熱田神宮#組織を参照)
  • 矢野豁(1881-1945)<1930-1933>:愛媛県出身の神職。1930年(昭和5年)から1933年(昭和8年)まで松尾大社宮司。(略歴は、玉前神社#組織を参照)
  • 鳥羽重節()<-1936->:城南宮の社家。1880年(明治13年)生。国学院大学卒。建勲神社宮司。1936年(昭和11年)7月在職。『松尾神社社蔵文書目録』を編纂。
  • 河田晴夫()<>:
  • 佐古一洌(1941-2020)<1992-2013>:1941年(昭和16年)生。皇学館大学卒。神宮出仕、神宮宮掌、神宮権禰宜、松尾大社禰宜を経て1992年(平成4年)3月から2013年(平成25年)まで松尾大社宮司。2008年(平成20年)、皇学館理事長。
  • 生嶌経和(1947-)<2013->:1947年(昭和22年)生。皇学館大学卒。1997年(平成9年)権宮司。2013年(平成25年)4月1日宮司就任。
  • 矢野直道(1847-1898)<>:?

権宮司

  • 矢野直道(1847-1898)<>:明治時代の国学者。矢野玄道の弟。皇学所御用掛。1873年(明治6年)3月20日、少宮司就任。
  • 生嶌経和(1947-)<1997->

画像

資料

  • 『古事類苑』「松尾神社 付松尾祭」[1]
  • 1929『東家系譜要説』
  • 1936『松尾神社社蔵文書目録』[2]
  • 1953『松尾大社社蔵文書編年目録』
  • 1959『松尾大社社蔵文書追加目録』
  • 「永享十三年松尾社法楽百首」:群書類従
  • 『松尾大社史料集』
  • 1965『未刊松尾社家系図』
  • 1997『京都妙蓮寺蔵『松尾社一切経』調査報告書』


  • 1971『松尾大社境内整備誌』
  • 1975『松尾大社造園誌』
  • 2007『松尾大社』学生社
  • 2011『松尾大社の神影』

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9D%BE%E5%B0%BE%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール