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松尾大社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年10月20日 (日)

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松尾大社
まつのお たいしゃ
Matsunoo-taisha (2).jpg
概要 松尾神社の総本社。
奉斎 大山咋命、中津島姫命
(土岐昌訓論文)
所在地 京都府京都市西京区嵐山宮町3
所在地(旧国郡) 山城国葛野郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正一位勲二等二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社
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松尾大社(まつのお・たいしゃ)は、京都府京都市西京区にある松尾信仰の総本社。秦氏の神。酒の神。官社(式内社)・名神大社正一位勲二等二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社松尾大社関連旧跡弁才天信仰宗像厳島信仰公祭古事記神話登場神社も参照。

目次

歴史

松尾大社(国土地理院空中写真より)
松尾大社と月読神社(国土地理院空中写真より)
松尾大社と梅宮大社(国土地理院空中写真より)
  • 701年(大宝1年): 秦忌寸都里が中都大神を迎えて社殿を造営。娘の知満留女を奉仕させたという(本朝文集)。
  • 712年(和銅5年):『古事記』編纂。松尾大社のことに触れる。
  • 718年(養老2年): 秦忌寸都駕布が祝となる(秦氏本系帳)。
  • 730年(天平2年):「大社」の称を許される
  • 784年(延暦3年)11月20日:桓武天皇が長岡京遷都を松尾大社に奉告。従五位下とする(続日本紀)。
  • 847年(承和14年)7月26日:従三位。(続日本後紀)。
  • 852年(仁寿2年)5月8日:正二位(文徳実録)。
  • 貞観年間:松尾祭始まる。
  • 866年(貞観8年)11月20日:正一位(三代実録)。
  • 1004年(寛弘1年)10月14日:一条天皇行幸。
  • 1285年(弘安8年):大火災で社殿焼失。
  • 1397年(応永4年):本殿再建。
  • 1423年(応永30年):本殿再建。
  • 1542年(天文11年):現在の本殿を造営。1423年(応永30年)の古材も一部使われている。
  • 1615年(元和1年)7月:徳川幕府、1078石を安堵。
  • 1871年(明治4年):官幣大社。
  • 1950年(昭和25年):松尾大社と改称。
  • 1975年(昭和50年):重森三玲作庭。
  • 2018年(平成30年)6月9日:本殿遷座祭。翌日奉幣祭。(2016/11/25仮殿遷座祭)

境内

エリア 名称 社格など 所在地 概要
本社 大宮
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本社 境内 松尾七社の一つ。本社。
本社 磐座 その他 境内 降臨の地。
本社 三宮社 末社 境内 松尾七社の一つ。祭神は玉依姫命。四大神社と相殿。
本社 四大神社 末社 境内 松尾七社の一つ。祭神は春若年神、夏高津日神、秋比売神、冬年神。秦氏の祖霊ともいう。三宮社と相殿。四之社。
本社 衣手社
松尾大社・衣手社.jpg
末社 境内 松尾七社の一つ。祭神は羽山戸神。
本社 一挙社
松尾大社・一挙社.jpg
末社 境内 祭神は一挙神。一挙神はどのような神か不詳。
本社 金刀比羅社
松尾大社・金刀比羅社.jpg
末社 境内 祭神は大物主神
本社 祖霊社
松尾大社・祖霊社.jpg
末社 境内 祖霊社
本社 滝御前社 末社 境内 霊亀の滝の前にある。
本社 磐座遥拝所 その他 境内 磐座の遥拝所
本社 伊勢神宮遥拝所
松尾大社・伊勢神宮遙拝所.jpg
その他 境内 伊勢神宮の遥拝所
月読 月読神社
松尾月読神社 (1).jpg
摂社 京都府京都市西京区松室山添町 松尾七社の一つ。祭神は月読命官社名神大社
月読 御船社
山城月読神社・御船社.jpg
末社 京都府京都市西京区松室山添町 月読神社内。祭神は天鳥舟命。松尾祭の最初に船渡御の安全を願う。
月読 聖徳太子社
山城月読神社・聖徳太子社.jpg
末社? 京都府京都市西京区松室山添町 月読神社内。祭神は聖徳太子
月読 月延石 その他 京都府京都市西京区松室山添町 月読神社内。
櫟谷 櫟谷神社
櫟谷宗像神社 (1).jpg
摂社 京都府京都市西京区嵐山中尾下町 松尾七社の一つ。祭神は奥津島姫命。官社。1877年(明治10年)、松尾大社摂社となる。
櫟谷 宗像神社
櫟谷宗像神社 (1).jpg
摂社 京都府京都市西京区嵐山中尾下町 松尾七社の一つ。祭神は市杵島姫命。1877年(明治10年)、松尾大社摂社となる。嵐山弁財天社とも。
その他 松尾祭河原斎場 その他 京都府京都市右京区西京極河原町裏町 船渡御を終えた神輿と唐櫃が集まる河川敷。団子神饌を供える。桂大橋の東岸。
川勝寺 川勝寺御旅所
松尾大社川勝寺御旅所 (5).jpg
御旅所 京都府京都市右京区西京極北裏町
川勝寺 川勝寺三宮神社
松尾大社川勝寺御旅所 (1).jpg
末社 京都府京都市右京区西京極北裏町 川勝寺御旅所内。祭神は玉依姫命大山祇神酒解神。1953年(昭和28年)、松尾大社境外末社となる。
川勝寺 道祖神社
松尾大社川勝寺御旅所 (1).jpg
末社? 京都府京都市右京区西京極北裏町 川勝寺御旅所内。祭神は猿田彦神、羽山戸神、別雷神大山咋神応神天皇
衣手 衣手御旅所
松尾大社衣手御旅所 (1).jpg
御旅所 京都府京都市右京区西京極東衣手町
衣手 郡衣手神社
松尾大社衣手御旅所 (10).jpg
末社 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は羽山戸神と玉依姫命。「衣手の森」の故地で、松尾大社境内衣手社の元の鎮座地ともいう。玉依姫命を祀る「三宮社」が直接の起源で、1875年(明治8年)に松尾大社境内衣手社から羽山戸神を分霊合祀。1978年(昭和53年)に「衣手神社」と改称して松尾大社境外末社となった。本殿は1679年(延宝7年)、拝殿は1852年(嘉永5年)の造営。衣手神社。
衣手 野宮社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は天照大御神
衣手 八王子社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は素戔嗚尊御子神。
衣手 諏訪社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は建御名方神
衣手 幸神社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は道祖神
衣手 山王社 末社? 京都府京都市右京区西京極東衣手町 衣手御旅所内。祭神は日吉神
西七条 西七条御旅所
松尾大社西七条御旅所01.jpg
御旅所 京都府京都市下京区西七条南中野町 松尾祭で、本社・宗像・櫟谷・四之社の神輿4基と月読の唐櫃が渡御。滞在期間は4月下卯から5月上酉まで、現在では4月20日以降の最初の日曜から3週間。元は3カ所あった御旅所を合併したらしい。
西七条 武御前社
松尾大社西七条御旅所07・武御前社.jpg
末社? 京都府京都市下京区西七条南中野町 西七条御旅所内。祭神は武甕槌命
西七条 (櫟谷社御旅所) 御旅所 京都府京都市下京区西七条北東野町 綱敷行衛天満宮の地にあった。廃絶。
西七条 綱敷行衛天満宮
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末社 京都府京都市下京区西七条北東野町 旧櫟谷社御旅所内。もともと綱敷天満宮があり西の行衛天満宮を1934年(昭和9年)に合祀。村社。
西七条 (宗像社御旅所) 御旅所 京都府京都市下京区西七条北西野町 安阿弥寺の北にあった。廃絶。
唐橋 西寺跡御旅所
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御旅所 京都府京都市南区唐橋西寺町 古代の西寺の跡地。還幸祭の時、本社に戻る前に各御旅所から全ての神輿と唐櫃が渡御する。かつては神輿・唐櫃を「金堂ノ跡」(「旭の杜」)に奉安した。粽の御供、赤飯座の特殊神饌を供えた。近年の発掘調査でこの「金堂ノ跡」は講堂跡とみられることが分かった。
唐橋 唐橋道祖神社
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末社 京都府京都市南区唐橋平垣町 西寺跡の近く。祭神は猿田彦大神天宇受売命。1573年(天正1年)創建。1877年(明治10年)頃、松尾大社末社となる。
朱雀 朱雀御旅所
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御旅所 京都府京都市下京区朱雀裏畑町 還幸祭の時に西寺の後、全ての神輿と唐櫃が揃って祭典を行う。
朱雀 朱雀松尾総神社
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末社 京都府京都市下京区朱雀裏畑町 朱雀御旅所内。祭神は月読命
その他 高田三宮神社 末社 京都府京都市右京区嵯峨野高田町
その他 京都・大井神社 末社? 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町 祭神は倉稲魂神

組織

古代から明治まで秦氏が奉仕し、神主東家・正禰宜南家などがいたが、中世には月読神社の伊岐氏(卜部氏)の松室家が実権を握った。


宮司

当初は「改革御用掛」が設置され、大宮司が置かれた。のち宮司となった。皇学館出身者が多い。

松尾大社歴代宮司
代数 生没年 在職年 略歴
1 久我建通 1815-1903 1872-1873 1871年(明治4年)12月2日、賀茂別雷神社・賀茂御祖神社・松尾神社・貴船神社等改革御用掛[1]。1872年(明治5年)6月27日、賀茂別雷神社・賀茂御祖神社・松尾神社大宮司[2]。1873年(明治6年)3月、退任か。(略歴は賀茂別雷神社#組織を参照)
2 師岡正胤 1829-1899 1873-1875 江戸出身の国学者・志士。大国隆正に師事。平田派に入門。足利将軍像梟首事件に関与し、捕縛される。上田に幽閉。1868年(明治1年)刑法官出仕。監察使知事。1870年(明治3年)宣教使権中博士。1873年(明治6年)3月4日[3](25日とも)から1875年(明治8年)11月9日[4]まで松尾神社大宮司。1875年(明治8年)3月7日、教導職大講義から権少教正[5]神道事務局教授。神宮教に関わる。子に幸徳秋水妻の幸徳千代子。布志乃屋と号す。(『神道人名辞典』、『国史大辞典』)
3 近藤芳介 1822-1898 1875-1879 山口藩出身の国学者。平野神社大宮司を経て1875年(明治8年)11月10日[6]から1879年(明治12年)まで松尾神社大宮司。少教正。(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
4 松原貴速 1831-? 1879-1883 明治前期の内務官僚・神職。1879年(明治12年)から1883年(明治16年)4月23日[7]まで松尾大社宮司。没年不詳。(略歴は、広瀬神社#組織を参照)
5 山名茂淳 生没年不詳 1883-? 官家士族。1881年(明治14年)12月22日、石上神社宮司[8]。1883年(明治16年)4月23日[9]、松尾神社宮司。
6 都野巽 1828-1894 1887-1893 岩国藩士。1828年(文政11年)生[10]。初めは有福新輔、有福槌三郎と名乗る。儒学者玉乃図南、大橋訥庵らに学ぶ。江戸勤務。1864年(元治1年)禁門の変で藩主を補佐。1866年(慶応2年)長州征伐で大組一手武者奉行となり、精義隊副督。1868年(明治1年)、戊辰戦争で東奥に精義隊・敬威隊を総括して仙台に進んだ。1869年(明治2年)都野に改姓。若松藩判事。1870年(明治3年)岩国藩大参事。1871年(明治4年)から1874年(明治7年)まで山口県大属。1879年(明治12年)大津郡長、1881年(明治14年)から1886年(明治19年)まで佐波郡長。同年12月、梅宮神社宮司[11]。1887年(明治20年)4月5日、松尾神社宮司兼梅宮神社宮司[12]。1891年(明治24年)4月16日まで梅宮神社宮司を兼務[13]。1893年(明治26年)3月3日、貴船神社宮司[14]。1894年(明治27年)3月18日死去。敬之。贈従五位。
7 藤井行徳 1855-1932 1893-1895 平野神社の社家で堂上家の藤井家の当主。卜部氏。白峰宮宮司を経て1893年(明治26年)3月3日[15]から1895年(明治28年)5月24日[16]まで松尾神社宮司。1921年(大正10年)5月17日から1929年(昭和4年)3月まで平野神社宮司。子爵。貴族院議員。
8 立木兼善 1834-1909 1895-1902 石上神宮宮司を経て1895年(明治28年)5月24日[17]から1902年(明治35年)2月6日[18]まで松尾大社宮司。(略歴は、石上神宮#組織を参照)
9 赤川〓助 1843-1921 1903-1907 山口藩士。内務官僚。広田神社宮司を経て1903年(明治36年)2月6日[19]、松尾大社宮司。1907年(明治40年)3月6日[20]、長田神社宮司。(〓は章+夂+貢の下に心) (略歴は、長田神社#組織を参照)
10 檜垣常伯 1856-? 1907-1910 伊勢神宮社家の出身。1907年(明治40年)3月6日[21]、松尾神社宮司。1910年(明治43年)11月29日[22]、北野神社宮司に転任。(略歴は、北野天満宮#組織を参照)
11 長谷外余男 1890-1973 1910-1918 初代神社本庁統理。神宮皇学館本科卒。1910年(明治43年)11月29日[23]大鳥神社宮司から転任して松尾神社宮司。1918年(大正7年)7月8日[24]多賀神社宮司。(略歴は、熱田神宮#組織を参照)
12 長屋基彦 1863-1933 1918-1925 皇典講究所卒。神宮皇学館教授。樺太神社宮司を経て1918年(大正7年)7月8日[25]、松尾神社宮司。1925年(大正14年)2月12日[26]湊川神社宮司。
13 今沢昇 1880-? 1925-1930 山梨県出身。1880年(明治13年)生[27]神宮皇学館専科卒。護王神社大原野神社に奉職。賀茂別雷神社禰宜を経て1919年(大正8年)1月10日、貴船神社宮司。1925年(大正14年)2月12日[28]、松尾神社宮司兼梅宮神社宮司。1927年(昭和2年)3月31日、梅宮神社宮司兼務を退任[29]。1930年(昭和5年)3月31日[30]から1933年(昭和8年)9月27日[31]まで津島神社宮司に転任。金桜神社社司。
14 矢野豁 1881-1945 1930-1933 愛媛県出身の神職。神宮皇学館本科卒。1930年(昭和5年)3月31日[32]、松尾大社宮司。1933年(昭和8年)4月4日、賀茂御祖神社宮司[33]。(略歴は、玉前神社#組織を参照)
15 鳥羽重節 1880-1954 1933-1936 城南宮の社家。1880年(明治13年)生。国学院大学卒。1908年(明治41年)城南宮社掌。建勲神社宮司を経て1933年(昭和8年)4月4日[34]から1936年(昭和11年)12月19日[35]まで松尾神社宮司。1941年(昭和16年)城南宮社司(のち宮司)。1954年(昭和29年)8月26日死去。『松尾神社社蔵文書目録』を編纂。
16 菅貞幸 1891-1964 1936-1940 神宮皇学館本科卒。1936年(昭和11年)12月19日、松尾神社宮司[36]。1940年(昭和15年)8月10日[37]長崎諏訪神社宮司。
17 大関春雄 1890-1948 1940-1943 国学院大学高等師範部卒。掌典職掌典を経て1940年(昭和15年)8月10日[38]、松尾神社宮司。1943年(昭和18年)3月27日[39]、賀茂御祖神社宮司。
18 手塚道男 1897-1969 1943-1966 1920年(大正9年)神宮皇学館本科卒。明治神宮、朝鮮神宮に奉職。生島足島神社宮司、箱根神社宮司を経て1943年(昭和18年)3月27日[40]から1966年(昭和41年)まで松尾神社宮司。1969年(昭和44年)12月26日死去。
19 河田晴夫 1907-1978 1966-1978 岡山県出身。1907年(明治40年)生[41]。1928年(昭和3年)神宮皇学館本科卒業。兵役につき陸軍少尉。忌宮神社橿原神宮に奉職。熱田神宮禰宜を経て1939年(昭和14年)8月28日、駒形神社宮司。1942年(昭和17年)9月21日、尾張大国霊神社宮司。広島県祭務官、広島県神社庁参事、近江神宮権宮司を経て1966年(昭和41年)3月1日、松尾大社宮司。1978年(昭和53年)6月14日在職で死去。著書『国民敬神問答』[42]
20 犬上英直 1914-? 1978-1981 愛知県出身。1914年(大正3年)生。1932年(昭和7年)神宮皇学館普通科卒。熱田神宮、尾張大国霊神社、多賀大社を経て1967年(昭和42年)松尾大社権宮司。1978年(昭和53年)7月20日から1981年(昭和56年)9月26日まで松尾大社宮司。
21 中西守 1918-? 1981-1992 愛知県出身。1918年(大正7年)生。1941年(昭和16年)神宮皇学館本科神道科卒。朝鮮神宮、乃木神社、熱田神宮、大神神社を経て1962年(昭和37年)多賀大社権宮司。1975年(昭和50年)愛知県神社庁参事。1981年(昭和56年)9月26日から1992年(平成4年)2月29日まで松尾大社宮司。著書『罧原堤』。
22 佐古一洌 1941-2020 1992-2013 1941年(昭和16年)生。皇学館大学卒。神宮出仕、神宮宮掌、神宮権禰宜、松尾大社禰宜を経て1992年(平成4年)3月1日から2013年(平成25年)3月31日まで松尾大社宮司。2008年(平成20年)、皇学館理事長。2020年(令和2年)死去。
23 生嶌経和 1947- 2013- 1947年(昭和22年)生。皇学館大学卒。1997年(平成9年)権宮司。2013年(平成25年)4月1日宮司就任。

権宮司

  • 矢野直道(1847-1898)<>:明治時代の国学者。矢野玄道の弟。皇学所御用掛。1873年(明治6年)3月20日、少宮司就任。
  • 生嶌経和(1947-)<1997->

画像

資料

  • 『古事類苑』「松尾神社 付松尾祭」[43]
  • 1929『東家系譜要説』
  • 1936『松尾神社社蔵文書目録』[44]
  • 1953『松尾大社社蔵文書編年目録』
  • 1959『松尾大社社蔵文書追加目録』
  • 「永享十三年松尾社法楽百首」:群書類従
  • 『松尾大社史料集』
  • 1965『未刊松尾社家系図』
  • 1997『京都妙蓮寺蔵『松尾社一切経』調査報告書』


  • 1971『松尾大社境内整備誌』
  • 1975『松尾大社造園誌』
  • 2007『松尾大社』学生社
  • 2011『松尾大社の神影』

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

二十二社
上七社 1伊勢神宮
Ise-jingu 038.jpg
2石清水八幡宮
Iwashimizu-hachimangu 015.jpg
3賀茂神社
上賀茂神社下鴨神社
上賀茂神社008.jpg下鴨神社・鴨川道標.jpg
4松尾大社
Matsunoo-taisha (2).jpg
5平野神社
Hirano-jinja 001.jpg
6伏見稲荷大社
Fushimi-inari-taisha 015.jpg
7春日大社
春日大社・額塚 (1).jpg
中七社 8大原野神社
Ooharano-jinja (9).jpg
9大神神社
Oomiwa-jinja (2).jpg
10石上神宮
石上神宮・拝殿・-04.jpeg
11大和神社
大和神社・拝殿 (1).jpg
12広瀬大社
Hirose-taisha (13).JPG
13龍田大社
龍田大社001.jpg
14住吉大社
Sumiyoshi-taisha (49).jpg
下八社 15日吉大社
Hiyoshi-taisha (8).JPG
16梅宮大社
Umenomiya-taisha 001.jpg
17吉田神社
Daigen-gu (4).jpg
18広田神社
Hirota-jinja (7).jpg
19八坂神社
京都八坂神社0007.jpg
20北野天満宮
北野天満宮A (34).jpg
21丹生川上神社
上社・中社・下社
Niu-kawakami-jinja-kamisha (6).jpgNiu-kawakami-jinja-nakasha (2).jpgNiu-kawakami-jinja-simosha (3).jpg
22貴船神社
Kifune-jinja (20).jpg
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9D%BE%E5%B0%BE%E5%A4%A7%E7%A4%BE」より作成

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