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賀茂御祖神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年4月20日 (水)

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賀茂御祖神社
かも みおや じんじゃ
概要 賀茂神社の総本社。
奉斎 玉依媛命、賀茂健角身命
(神社由緒書)
所在地 京都府京都市左京区下鴨泉川町59
所在地(旧国郡) 山城国愛宕郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正一位勲一等山城国一宮二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社
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目次

概要

賀茂御祖神社(かも・みおや・じんじゃ)は、京都府京都市左京区にある、賀茂神社を構成する神社の一つ。下鴨神社(しもがも・じんじゃ)として知られる。主祭神は東本殿の玉依姫命と西本殿の賀茂健角身命(かもたけつぬみのみこと)。子神を祀る賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに賀茂信仰の総本社である。官社(式内社)・名神大社正一位勲一等山城国一宮二十二社朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社賀茂神社関連旧跡も参照。

歴史

境内

下鴨神社中心部(国土地理院空中写真より)
下鴨神社(国土地理院空中写真より)
上賀茂神社と下鴨神社(国土地理院空中写真より)
上賀茂神社・下鴨神社の周辺部(国土地理院空中写真より)

楼門内

  • 西御本宮:賀茂健角身命。
  • 東御本宮:玉依媛命。
  • 霊璽社:
  • 三言社:志固男神、大己貴神、八千矛神
  • 一言社:顕国魂神、大国魂神
  • 二言社:大物主神、大国主神
  • 三井神社:伊賀古夜日売命、賀茂健角身命、玉依媛命。摂社。官社。
  • 諏訪社:建御方神
  • 小杜社:水分神
  • 白髭社:猿田彦神


  • 出雲井於神社:建速須佐之男命。比良木社、柊社ともいう。摂社。官社。
  • 岩本社:和歌の神。
  • 橋本社:和歌の神。
  • 井上社:瀬織津姫命。

楼門外西側

  • 印納社:
  • 愛宕社・稲荷社:元は賀茂斎院御所にあった。
  • 祓社:

参道

  • 相生社:祭神は神皇産霊神
  • 雑太社:祭神は神魂命
  • 賀茂斎院神霊社:歴代の斎院を祀る。
  • 日吉神社?:摂社
  • 二十二所社:
  • 復元祭祀遺構:2カ所。
  • 奈良殿神地:船島
  • 切芝祭場:

河合神社域内

  • 鴨河合坐小社宅神社:玉依姫命(神武天皇の母)。河合神社ともいう。摂社。官社。
  • 貴布禰神社:高オカミ神
  • 任部社:八咫烏命。賀茂健角身命の化身。
  • 諏訪社:建御方神。
  • 衢社:八衢毘古神、八衢毘売神。
  • 稲荷社:宇迦之御魂神
  • 竈神:奥津日子神、奥津比売神
  • 印社:
  • 由木社:少彦名命。
  • 三井社:祭神は東殿が玉依媛命、西殿が伊賀古夜日売命、中殿が賀茂健角身命。蓼倉郷の総社として祀られていた賀茂社の分社。通称は三塚社。摂社の三井神社とは別の神社。

境外

  • 御蔭神社:京都府京都市左京区上高野東山。玉依媛命荒魂、賀茂健角身命荒魂。境外摂社。
  • 賀茂波爾神社:京都府京都市左京区高野上竹屋町。境外摂社。官社。赤の宮神社。

その他

  • 叉蔵:宝庫。
  • 西御料屋:神饌殿の一種か。
  • 東御料屋:神饌殿の一種か。現在は祓殿。
  • 幣殿:
  • 中門:
  • 大炊殿:神饌殿の一種か。
  • 供御所:神饌殿の一種か。
  • 神服殿:神服を調進する殿舎。近世以降は天皇行幸の際の御所となった。
  • 舞殿:勅使が御祭文を奏上し、東遊を奉納する殿舎。
  • 橋殿:
  • 細殿:
  • 解除所:斎王代が御禊を行う。
  • 直会殿:大嘗祭の殿舎を下賜されたものという。
  • 楼門:
  • 鴨社神舘御所:社務所。現在、行幸の時の御座所や勅使殿としても使われる。
  • 鴨社公文所:
  • 鴨社資料館「秀穂舎」:
  • 神舘御所跡:石碑が建つ。
  • 泉川
  • 瀬見の小川
  • 奈良の小川


  • 宮川神社:京都府亀岡市宮前町宮川神尾山。官社論社。村社。玉依日売の母神を祀ることから葵祭行列に氏子が毎年奉仕する。

式年遷宮

21年ごとに式年遷宮を行う

下鴨神社・式年遷宮
実施年 周期 事項
崇神天皇代
雄略天皇代
継体天皇代
653年(白雉4年)
677年(天武6年)
765年(天平神護1年)
784年(延暦3年)
(898年(昌泰1年))
1020年(寛仁4年)10月14日
<1036年(長元9年)>
1 1056年(天喜4年) 20
2 1077年(承暦1年) 21
3 1098年(承徳2年)7月9日 21
4 1118年(元永1年)4月27日 20
1119年(元永2年)12月22日
5 1141年(永治1年)11月25日 23
6 1161年(応保1年)9月16日 20
7 1181年(養和1年)10月22日 20
8 1201年(建仁1年)12月 20
9 1222年(貞応1年)8月 21
10 1242年(仁治3年)8月 20
11 1262年(弘長2年)8月 20
12 1282年(弘安5年)8月 20
13 1302年(乾元1年)11月または12月 20
14 1322年(元亨2年)12月 20
15 1348年(正平3年/貞和4年)8月24日 26
16 1415年(応永22年)8月 67
17 1437年(永享9年)12月5日 22
1471年(文明3年)10月23日
18 1493年(明応2年)2月 56
19 1515年(永正12年)2月 22
20 1581年(天正9年)5月21日? 66
21 1629年(寛永6年)4月5日 48 大規模な造営。
22 1679年(延宝7年)9月17日 50 西本宮本殿が1712年(正徳2年)の遷宮で宝塔寺七面宮として移築された。
23 1712年(正徳2年)9月3日 33
24 1741年(寛保1年)9月17日 29
25 1777年(安永6年)8月13日 36
26 1801年(享和1年)12月10日 24 1835年(天保6年)に聖護院熊野神社本殿として移築された。
27 1835年(天保6年)3月11日 34 1869年(明治2年)に菅大臣神社本殿として移築された。
28 1863年(文久3年)12月12日 28
29 1891年(明治24年)9月? 28 以後修造をもって遷宮とする。
30 1914年(大正3年)5月 23
31 1937年(昭和12年)5月 23
32 1973年(昭和48年)4月 36
33 1994年(平成6年)9月 21
34 2015年(平成27年)4月27日 21

組織

大宮司・宮司

  • 久我建通(1815-1903)<1872-?>:公卿。内大臣。一条忠良の子。和宮降嫁に尽力。1872年(明治5年)6月15日、賀茂別雷神社大宮司となり、賀茂御祖神社大宮司、松尾大社大宮司を兼務。6月18日、貴船神社宮司を兼務。(略歴は、賀茂別雷神社#組織を参照)
  • 岡本経春(1819-1880)<>:旧社家。1819年(文政2年)生。1874年(明治7年)9月14日、少教正。賀茂別雷神社少宮司を経て賀茂御祖神社大宮司。1880年(明治13年)死去。著書『三則示蒙』。
  • 木場清生(1817-1891)<>:鹿児島藩士。1817年(文化14年)生。大久保利通や西郷隆盛と交際。維新後は大阪府判事。石清水八幡宮宮司、龍田大社宮司。1891年(明治24年)死去。
  • 本山茂任(1826-1887)<1878-1884>:高知藩出身の志士。内務官僚・神職。1878年(明治11年)1月23日から1884年(明治17年)10月14日まで賀茂御祖神社宮司。(略歴は、白峰神宮#組織を参照)
  • 西洞院信愛(1846-1904)<>:子爵。西洞院信堅の子。1846年(弘化3年)生。1891年(明治24年)4月16日から1898年(明治31年)10月まで平野神社宮司。松尾大社宮司。敢国神社宮司。1904年(明治37年)6月6日死去。
  • 六条有容(1814-1890)<?-1889>:1887年(明治20年)4月5日、賀茂別雷神社宮司を本務として賀茂御祖神社宮司と梨木神社宮司を兼務(官報。制度改正による再任と思われる)。賀茂別雷神社宮司と賀茂御祖神社宮司は1889年(明治22年)4月26日まで(官報)。(略歴は、賀茂別雷神社#組織を参照)
  • 伏原宣足(1845-1930)<1889-1890>:子爵。1889年(明治22年)4月26日、賀茂別雷神社宮司を本務として賀茂御祖神社宮司を兼務。1890年(明治23年)7月17日、両社宮司退任。(略歴は、賀茂別雷神社#組織を参照)
  • 岡部光澄(1832-1906)<1902-1906>:長門国出身。1832年(天保3年)生。1873年(明治6年)広旗八幡宮祠官。1874年(明治7年)上領八幡宮祠掌。1876年(明治9年)2月25日、忌宮神社祠官兼務。1876年(明治9年)10月18日、長門・住吉神社権宮司。1878年(明治11年)6月24日住吉神社宮司。1881年(明治14年)10月5日貫前神社宮司。1886年(明治19年)7月17日安仁神社宮司。1887年(明治20年)9月5日美作・中山神社宮司。1889年(明治22年)4月19日、出羽三山神社宮司。1892年(明治25年)1月23日退任。1897年(明治30年)7月1日、香椎宮宮司。1898年(明治31年)10月19日大鳥神社宮司。1902年(明治35年)2月3日から1906年(明治39年)12月11日まで賀茂御祖神社宮司。同年死去か。
  • 祝儀麿(生没年不詳)<1906-1923>:1898年(明治31年)10月、砥鹿神社宮司。1903年(明治36年)広田神社宮司。同年大山祇神社宮司。1906年(明治39年)12月11日、賀茂御祖神社宮司(官報)。1923年(大正12年)死去か。
  • 金子吉祇(1861-1924)<1923->:越後出身。乙子神社社司金子豊雄の子。1861年(文久1年)生。寺田徳裕に学ぶ。20歳で東京に出て中村敬宇の同仁社に入り、国学を池辺義象に学ぶ。新潟白山神社社司を1907年(明治40年)頃まで務めた。1906年(明治39年)8月13日、西寒多神社宮司。1909年(明治42年)11月19日、射水神社宮司。1915年(大正4年)3月、豊国神社宮司。1918年(大正7年)気比神宮宮司。1923年(大正12

年)賀茂御祖神社宮司。1924年(大正13年)5月12日死去。64歳。金子長吾。著書は『上宮聖徳法王帝説新注』。 (『新潟市史』[1]

  • 田村晴胤(?-1945)<1924-1929>:山口県出身。1919年(大正8年)8月18日護王神社宮司。1924年(大正13年)6月9日、賀茂御祖神社宮司。1929年(昭和4年)3月9日、平野神社宮司。1931年(昭和6年)12月10日、弥彦神社宮司。1936年(昭和11年)1月、生田神社宮司。1937年(昭和12年)4月1日、台湾神社宮司。1945年(昭和20年)7月20日死去。
  • 森津倫雄(1877-1959)<1929-1933>:1929年(昭和4年)4月、賀茂御祖神社宮司。1933年(昭和8年)4月、石上神宮宮司。(略歴は石上神宮#組織を参照)
  • 矢野豁(1881-1945)<1933-1936>:愛媛県出身の神職。1933年(昭和8年)4月4日、賀茂御祖神社宮司。1936年(昭和11年)12月19日賀茂別雷神社宮司。(略歴は、玉前神社#組織を参照)
  • 神尾清澄(1885-1943)<1936-1943>:滋賀県出身。神宮皇学館卒。1885年(明治18年)生。陸軍歩兵伍長。1916年(大正5年)8月8日、伊佐須美神社宮司。1918年(大正7年)7月8日、樺太神社宮司。1929年(昭和4年)3月5日、石上神宮宮司。1933年(昭和8年)4月4日、宮崎神宮宮司。1936年(昭和11年)12月19日、賀茂御祖神社宮司。在職で1943年(昭和18年)2月22日死去。
  • 大関春雄(1890-1948)<1943-1948>:1890年(明治23年)生。1920年(大正9年)国学院大学高等師範部卒。諏訪大社に奉職。1925年(大正14年)2月12日結城神社宮司。1927年(昭和2年)3月31日、出雲大社権宮司。1930年(昭和5年)12月26日掌典。1940年(昭和15年)8月10日松尾大社宮司。1943年(昭和18年)3月27日、賀茂御祖神社宮司。1948年(昭和23年)4月28日、在職で死去。
  • 葉室直躬(1895-1971)<1960-1971>:伯爵。1895年(明治28年)生。1925年(大正14年)明治大学卒。1960年(昭和35年)賀茂御祖神社宮司。就任を巡って神社本庁を離脱するが1965年(昭和40年)に復帰。1971年(昭和46年)12月16日死去。76歳。
  • 山田文雄(?-1975)<1972-1975>:1930年(昭和5年)国学院大学神道部卒。梅宮大社護王神社伏見稲荷大社に奉仕。1945年(昭和20年)賀茂御祖神社禰宜。1948年(昭和23年)権宮司。1972年(昭和47年)3月3日宮司。1975年(昭和50年)2月1日、在職で死去。
  • 鈴木義一(1907-2003)<1978-1990>:愛知県出身。1907年(明治40年)生。1932年(昭和7年)国学院大学道義学科卒。1933年(昭和8年)住吉大社主典。1939年(昭和14年)坐摩神社禰宜。1947年(昭和22年)坐摩神社権宮司1948年(昭和23年)大阪府神社庁参事。1956年(昭和31年)神宮教学司。1958年(昭和33年)大浜熊野大神社宮司兼務。1963年(昭和38年)神宮禰宜。1978年(昭和53年)3月20日から1990年(平成2年)3月31日まで賀茂御祖神社宮司。1980年(昭和55年)京都府神社庁副庁長。1983年(昭和58年)11月1日から1986年(昭和61年)10月1日まで平野神社宮司を兼務。弟に鈴木日出年がいる。
  • 河辺三郎(1913-)<1990-1992>:東京出身。1913年(大正2年)生。1936年(昭和11年)国学院大学神道部卒。大洗磯前神社酒列磯前神社伊豆山神社に奉仕。1943年(昭和18年)から1962年(昭和37年)までは実業を営む。1962年(昭和37年)賀茂御祖神社禰宜、1971年(昭和46年)安房神社復興に従事。1974年(昭和49年)6月1日、安房神社宮司。1990年(平成2年)3月31日から1992年(平成4年)3月25日まで賀茂御祖神社宮司。
  • 鳥居清三郎(1922-2003)<1992-2002>:御金神社宮司。1922年(大正11年)生。1944年(昭和19年)国学院大学専門部卒。北野神社、八坂神社に奉職。1979年(昭和54年)賀茂御祖神社権宮司。1992年(平成4年)3月26日から2002年(平成14年)まで賀茂御祖神社宮司。2003年(平成15年)3月23日死去。80歳。
  • 新木直人(1937-)<2002->:京都出身。1937年(昭和12年)生。1958年(昭和33年)京都国学院卒。大阪外国語大学別科修了。道明寺天満宮生国魂神社に奉仕。1963年(昭和38年)賀茂御祖神社に奉仕。1992年(平成4年)権宮司。2002年(平成14年)宮司。

少宮司・権宮司

  • 角田忠行(1834-1918)<1873-1874>:1873年(明治6年)4月13日から1874年(明治7年)まで熱田神宮少宮司。(略歴は熱田神宮#組織を参照)
  • 黒神直臣()<>:
  • 山田文雄()<1948-1972>:1948年(昭和23年)2月19日権宮司。同年5月28日宮司代務者。1972年(昭和47年)1月12日宮司代務者。3月3日宮司。
  • 堀熊弥彦()<1974-1975>:1974年(昭和49年)8月10日権宮司。1975年(昭和50年)2月28日宮司代務者。1978年(昭和53年)6月15日、平野神社特命宮司。
  • 鳥居清三郎()<1978->:八坂神社禰宜を経て1978年(昭和53年)12月25日、賀茂御祖神社権宮司。のち宮司。
  • 新木直人()<1992->:1992年(平成4年)5月1日権宮司。
  • 宮暘()<2002->:2002年(平成14年)権宮司。
  • 内海明紀

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%B3%80%E8%8C%82%E5%BE%A1%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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