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気比神宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月24日 (日)

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気比神宮
けひ じんぐう
Kehi-jingu 008.jpg
概要 気比大神を祀る神社の総本社。応神天皇旧跡。
奉斎 伊奢沙別命、日本武命、帯中津彦命、息長帯姫命、誉田別命、豊姫命、武内宿祢命
(土岐昌訓論文)
所在地 福井県敦賀市曙町11-68
所在地(旧国郡) 越前国敦賀郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社従一位勲一等越前国一宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社
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目次

概要

気比神宮(けひ・じんぐう)は、福井県敦賀市にある気比信仰の総本社。仲哀天皇旧跡応神天皇旧跡時宗他阿真教旧跡式内社名神大社従一位勲一等越前国一宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社気比神宮関連旧跡も参照。 笥飯宮笥飯大神宮とも。


歴史

境内

組織

大宮司

  • 気比氏治(?-1337)<>:南朝の武将。恒良親王を擁して金崎城に籠もるが自害。
  • 気比斉晴(?-1337)<>:南朝の武将。気比氏治の子。
  • 島計富(1626-1709)<>:角鹿氏。

宮司

  • 矢幡太刀彦(生没年不詳)<1875-1876>:福岡県出身の神職。1875年(明治8年)気比神宮宮司。翌年退職。その後、神道事務局神宮奉斎会に奉職。中津市の神宮教会所(中津大神宮?)創建に関わる。(『神道人名辞典』、国学関連人物データベース)
  • 成田其一()<1876->:1873年(明治6年)4月、若狭彦神社宮司。1876年(明治9年)4月、気比神宮宮司。
  • 飯田武郷(1827-1900)<>:幕末明治の国学者。高島藩江戸屋敷に生まれる。平田篤胤の没後門人となる。文久頃から尊王運動に関与。明治元年、皇学所御用掛。翌年、高島藩皇学所教授。気比神宮宮司、貫前神社宮司、諏訪大社宮司、浅間大社宮司を歴任。大教院講師。太政官修史館御用掛。東京大学教授。皇典講究所講師、国学院大学講師。慶応義塾大学部教授、神宮教校講教授。約50年かけた大著『日本書紀通釈』が代表作。
  • 今井清彦(1857-1922)<1891-?>:金崎宮宮司兼務。(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
  • 櫟本憲昌(生没年不詳)<>:宗像大社宮司。藤崎八旛宮宮司。
  • 金子吉祇(1861-1924)<>:越後出身の神職。(略歴は、射水神社#組織を参照)
  • 河村常造(1868-?)<1914-1918>:1914年(大正3年)4月18日、気比神宮宮司。1918年(大正7年)4月18日、神宮神部署主事。(略歴は、石上神宮#組織を参照)
  • 行弘糺()<>:
  • 桑原廉一郎()<1942-1981>:井伊谷宮宮司、貴船神社宮司を経て1942年(昭和17年)気比神宮宮司。
  • 桑原恒明()<1981->:1981年(昭和56年)気比神宮宮司。2014年(平成26年)退任。
  • 福本佑喜()<2014->:2014年(平成26年)気比神宮宮司。
  • 桑原宏明

権宮司

  • 田辺屯倉麿()<>:1874年(明治7年)4月在職。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%B0%97%E6%AF%94%E7%A5%9E%E5%AE%AE」より作成

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