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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

青蓮院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年9月30日 (月)

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青蓮院(しょうれんいん)は、京都府京都市東山区にある、天台宗門跡寺院。本尊は熾盛光如来。妙法院門跡三千院門跡と共に比叡山三門跡の一つ。天台宗延暦寺派門跡寺。最澄が東塔南谷に建てた青蓮坊が起源という。浄土真宗開祖親鸞との関係が深く、植髪堂がある。本願寺は元々は青蓮院の末寺であった。鞍馬寺多武峰寺も支配。また盲僧を管轄した。内侍所東幸旧跡

青蓮院門跡の三院家として十楽院延暦寺妙香院延暦寺大乗院があった。十楽院は青蓮院より先にこの地にあったが、青蓮院に合併した。花園天皇十楽院上陵として名前を残す。妙香院は比叡山飯室谷にあった。大乗院は無動寺谷にあり、親鸞の修行地である。山腹に京都・尊勝院、青不動を祀る青龍殿がある。鎮守は粟田神社。西山善峰寺が隠居所。青蓮院宮西山墓地青蓮院宮上ノ墓地青蓮院宮下ノ墓地粟田御所。青蓮院門跡。

目次

歴史

組織

住職

  • 世数は『華頂要略』に基づく。
  • 「望月」は『望月仏教大辞典』の世数(掲載順から数えたもの)。「仏家」は『日本仏家人名辞書』の世数(掲載順から数えたもの)。
  • 「華頂要略」は『大日本仏教全書』収録本(国立国会図書館デジコレ)へのリンク
  • 三津玄深以降は不詳。
  • 未見:「青蓮院別伝」:『柳原家記録』所収[1]
  • 未見:「青蓮院門跡系譜」『続群書類従』96[2]
  • 未見:「青蓮院系図」『諸門跡承伝系図』[3]
  • 未見:「諸門跡伝―円融坊・青蓮院・妙法院」『華頂要略』141[4]
世代 僧名 生没年 在職年 略歴 仏家 望月 華頂要略
最澄767-822 天台宗開祖。 1 1
円仁794-864 天台座主。 2 2
安恵795-868 最澄、円仁の弟子。天台座主4世。 3 3
相応831-918 円仁の弟子。無動寺葛川明王院を開く。 4 4
(喜慶) 天台座主。 5 なし
(暹〓) 6 5
(慶円) 944-1019 天台座主。 7 なし
(慶命) 965-1038 天台座主。 8 6
(慶範) 997-1061 法性寺座主、平等院別当。 9 7
(広算) 10 8
(寛慶) ?-1123 法性寺座主。天台座主。 11 9
1 行玄 1097-1155 藤原師実の子。青蓮院初代。住房が鳥羽天皇皇后美福門院の御願寺となった。 12 10 巻4[5]
2 覚快法親王 1134-1181 鳥羽天皇第七皇子。行玄の弟子。法性寺座主。無動寺検校。天台座主。 13 11 巻4[6]
付弟 (真誉法親王) 1136-? 鳥羽天皇第八皇子。19歳で大宰府郊外の筑前国御笠郡小野郷(宝満山の麓)に隠棲。智光寺にいたという。翌年消息を絶つ。真誉親王墓が宝満山麓にある。 14 なし
3 慈円 1155-1225 関白藤原忠通の子。九条兼実の弟。天台座主。無動寺検校。四天王寺別当。 15 12 巻4[7]
付弟 (良尋) 16 なし
付弟 (真性) 17 なし
4 良快 1185-1242 九条兼実の子。天台座主。四天王寺別当。 18 13 巻5[8]
付弟 (慈賢) 1175-1241 法性寺座主。天台座主。 19 なし
5 慈源 九条道家の子。 20 14 巻5[9]
6 道覚法親王 1204-1250 後鳥羽天皇皇子。天台座主。西山宮と称す。 21 15 巻5[10]
7 最守 1224-1256 藤原基房の子。延暦寺宝幢院院主。 22 16 巻5[11]
付弟 (慈慶) なし なし
8 尊助法親王 1217-1290 土御門天皇皇子。妙法院のち青蓮院に入る。天台座主。無動寺三昧院検校。 23 17 巻6[12]
9 慈禅 天台座主。 24 18 巻6[13]
10 道玄 1237-1304 1269- 二条良実の子。1269年(文永6年)青蓮院門跡。天台座主。 25 19 巻6[14]
11 慈実 1238-1300 九条道家の子。慈源の弟。法性寺座主。天台座主。四天王寺別当。 26 20 巻6[15]
付弟 (慈忠) なし なし
12 慈助法親王 1254-1295 後嵯峨天皇皇子。尊助法親王の弟子。天台座主。 27 21 巻7[16]
13 慈玄 1270-1301 一条実経の子。法性寺座主。 28 22 巻7[17]
14 慈深 31 25 巻7[18]
15 良助法親王 1268-1318 亀山天皇皇子。尊助法親王の弟子。天台座主。冬野墓29 23 巻7[19]
16 慈道法親王 1282-1341 亀山天皇皇子。法性寺座主。天台座主。四天王寺別当。 32 24 巻7[20]
付弟 (祐助法親王) 1302-1359 後二条天皇皇子。天台座主。 30 29
付弟 (行円法親王) 生没年不詳 亀山天皇皇子。良助法親王の弟子。十楽院に住す。 33 なし
付弟 (道澄法親王) 生没年不詳 亀山天皇皇子。慈道法親王の弟子。法性寺座主。十楽院。 なし なし
付弟 (道煕法親王) 1308-? 伏見天皇第七皇子。十楽院に住す。 34 なし
17 尊円法親王 1298-1356 伏見天皇皇子。天台座主。能書家で書道青蓮院流の始祖。 35 26 巻8[21]
付弟 (尊実法親王) 1314-? 後伏見天皇の第五皇子。妙香院に住す。慈真とも称す。 36 27
(祐助) 37 なし
18 尊道法親王 1332-1403 後伏見天皇皇子。天台座主。 38 28 巻9[22]
付弟 (慈済) 39 なし
付弟 (聖助法親王) 生没年不詳 後光厳天皇皇子。 なし なし
付弟 (尊満) 1381-1403 足利義満の三男。法性寺座主。 40 なし
19 道円法親王 1364-1385 後光厳天皇皇子。無動寺三昧院検校。天台座主。 41 30 巻10[23]
20 義円(足利義教) 1394-1441 第6代将軍。足利義満の子。天台座主。 42 31 巻10[24]
21 義快 43 なし 巻10[25]
22 尊応 1432-1514 44 32 巻11[26]
付弟 (尊伝法親王) 1472-1504 後土御門天皇皇子。 45 33
23 尊鎮法親王 1504-1550 後柏原天皇皇子。知恩院知恩寺の本末争いに関わる。天台座主。 46 34 巻12[27]
付弟 (童形宮) なし なし
24 尊朝法親王 1552-1597 伏見宮邦輔親王王子。四天王寺別当。天台座主。尊朝流書道を開く。龍池院。 47 35 巻13[28]
25 尊純法親王 1591-1653 伏見宮出身の梶井宮応胤法親王の王子。天台座主。 48 36 巻14[29]
付弟? (尊敬法親王) 1634-1680 輪王寺宮初代。守澄法親王と改名。天台座主。 49 なし
26 尊証法親王 1651-1694 後水尾天皇皇子。天台座主。後桂蓮院。 50 37 巻15[30]
付弟? (日出宮) 51 38
27 尊祐法親王 1697-1747 伏見宮邦永親王王子。天台座主。蓮華寿院。 52 39 巻16-17[31]
28 尊映法親王 1748-1793 桂宮家仁親王王子。尊英法親王。一乗院門跡に移り、院主39世となる。興福寺別当229世。一乗院宮喜光寺墓地。(略歴は、興福寺一乗院#組織を参照) 53 40 巻18[32]
29 尊真法親王 1744-1824 伏見宮貞建親王王子。一乗院門跡38世を継ぐ予定だったが、青蓮院に移る。天台座主。施無畏王院。 54 41 巻19-29[33][34]
30 尊宝法親王 1804-1832 伏見宮貞敬親王王子。天台座主。 55 42 巻30-31[35]
〓宮(サンズイ+吉) 56 43
尊融法親王
(久邇宮朝彦親王)
1824-1891 伏見宮邦家親王の第4王子。尊応法親王と称し、一乗院門跡43世。興福寺別当235世。天台宗に転じて尊融法親王。青蓮院門跡。天台座主。還俗して久邇宮朝彦親王。神宮祭主。久邇宮泉涌寺墓地。(略歴は、久邇宮#組織を参照) 57 44
吉水覚昌 58 45
三津玄深 1888- 1888年(明治21年)青蓮院門跡。天台座主241世。 59 46
赤松円麟
中村勝契 1855-1927 天台座主。
田村徳海 1873-1951 四天王寺住職。(略歴は、四天王寺#組織を参照)
東伏見慈洽 1910-2014 1953-2004 久邇宮邦彦王の三男。邦英王。1910年(明治43年)生。東伏見宮家との縁が非常に深かったため、その家名と祭祀を継承するために華族に臣籍降下。伯爵。東伏見邦英と名乗る。1945年、天台宗で出家。1952年、善光寺大勧進住職。翌年、青蓮院門跡門主となり、東伏見慈洽と改名。2014年1月1日死去。103歳。
東伏見慈晃 1942- 2004- 東伏見慈洽の次男。1942年(昭和17年)生。学習院高等科から中央大学。49世を名乗る。

伽藍

子院

院家

  • 本覚院:脇門跡。青蓮院門跡の配下に本覚院門跡があったことは史料に登場するが、詳細不明。妙法院の前身である本覚院との関係も不詳。
  • 浄土寺:脇門跡。京都府京都市左京区銀閣寺町。廃絶。左京・浄土院が後身という。
  • 寂場院:脇門跡。寂場坊。比叡山延暦寺横川地区解脱谷。京都東山に里坊があったか。
  • 般若院:脇門跡。裏築地門跡(?)1371年(建徳2年/応安4年)、仰木荘をめぐり妙法院門跡の衆徒に討たれた(祇園執行日記)。
  • 実乗院:脇門跡。岡崎門跡。京都岡崎。
  • 曼殊院:脇門跡。竹内門跡。京都府京都市左京区一乗寺竹ノ内町。
  • 西本願寺:外様院家。京都府京都市下京区堀川通花屋町下ル。
  • 東本願寺:外様院家。京都府京都市下京区常葉町。
  • 毫摂寺:外様院家・諸院家。福井県越前市清水頭町。
  • 定法寺:院家。京都府京都市東山区定法寺町。廃絶。
  • 安居院:院家。京都府京都市上京区新ン町。廃絶。
  • 聖光院:院家。のち専修寺3世となる顕智や常楽寺3世となる光覚が住したという(国史大辞典、日本歴史地名大系)。
  • 知恩院:院家。智恩院。
  • 尊勝院:院家。京都府京都市東山区粟田口。
  • 東南院:院家。
  • 真珠院:院家。
  • 常楽院:院家。東塔南谷にあった?
  • 上乗院:院家。京都府京都市東山区粟田口三条坊町。廃絶。跡地不詳。上坊。上之坊。院号は真正極楽寺が継承するともいう(華頂要略)。
  • 依正院:院家。
  • 蓮実院:諸院家。
  • 功徳院:諸院家。
  • 法輪院:諸院家。横川解脱谷。
  • 石泉院:諸院家。東塔にあった。京都府京都市東山区石泉院町に里坊があった。文永年間に承源が創建。応仁の乱で廃絶。京都市上京区前之町にも同名寺院があったらしい。(日本歴史地名大系)
  • 真性院:諸院家。心性院とも
  • 妙観院:諸院家。西塔東谷にあった?京都府京都市上京区柳図子町にあった妙観院か。
  • 明応院:諸院家。明王院とも。
  • 報恩院:諸院家。
  • 南光院:諸院家。
  • 禅明院:諸院家。
  • 照泉院:諸院家。松泉院とも。
  • 蓮泉院:諸院家。
  • 智楽院:諸院家。
  • 蓮門院:諸院家。
  • 仏心院:諸院家。
  • 十乗院:諸院家。京都府京都市東山区粟田口三条坊町。廃絶。
  • 密乗院:諸院家。蜜乗院。
  • 無量寿院:諸院家。
  • 妙解院:諸院家。
  • 金剛寿院:諸院家。東塔東谷?
  • 宝光院:諸院家。
  • 宝光明院:諸院家。
  • 不動院:諸院家。東塔北谷?
  • 三光院:諸院家。
  • 阿〓院:諸院家。
  • 東福院:諸院家。
  • 徳寿院:諸院家。
  • 詮量院:諸院家。
  • 蓮光院:諸院家。
  • 真理院



資料

古典籍

画像

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%9D%92%E8%93%AE%E9%99%A2」より作成

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