ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

熱田神宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年5月10日 (月)

移動: 案内, 検索
熱田神宮
あつた じんぐう
Atsuta-jingu (10).jpg伊勢神宮風に改造された熱田神宮の社殿
概要 三種の神器の一つ、草薙の剣を奉斎する神社。
奉斎 草薙神剣
(土岐昌訓論文)
所在地 愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1
所在地(旧国郡) 尾張国愛知郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正二位尾張国三宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社
関連記事 熱田神宮関連旧跡神器奉斎神社

目次

概要

熱田神宮(あつた・じんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある、三種の神器草薙の剣を祀る神社。近代では伊勢神宮に次ぐ格式を誇る。祭神は諸説ある。神宮寺として名古屋・神宮寺熱田・誓願寺熱田・円通寺があった。日本武尊の旧跡。式内社名神大社正二位尾張国三宮朱印地拝領神社官幣大社別表神社勅祭社熱田神宮関連旧跡も参照。

歴史

境内

組織

大宮司(前近代)

  • 天照国照彦火明命:
  • 天香語山命:
  • 天村雲命:
  • 天忍人命:
  • 天忍男命:
  • 〓津世襲命:
  • 建額赤命:
  • 建筒草命:
  • 建田背命:
  • 建諸隅命:
  • 倭得玉命:
  • 弟彦命:
  • 小縫命:
  • 乎止与命:尾張国造
  • 建稲種命:宮簀媛の兄
  • 尾綱根命:
  • 意乎已連:
  • 弟真根:
  • 寿句梨香:
  • 已々雄:
  • 尾張金連:
  • 常兄:
  • 橿鈴彦:
  • 荒坂与:
  • 斜米加陀:
  • 面背:
  • 彦部輪尼:
  • 訓狭鹿:
  • 幾敷:
  • 兄村:
  • 尾張稲置見()<>:
  • 尾張稲興()<>:
  • 尾張興員()<>:
  • 尾張季興()<>:
  • 尾張維興()<>:
  • 尾張維仲()<>:
  • 尾張仲永()<>:
  • 尾張永時()<>:
  • 尾張連仲()<>:
  • 尾張維連()<>:
  • 尾張全連()<>:
  • 尾張通連()<>:
  • 尾張吉次()<>:
  • 尾張吉恒()<>:
  • 尾張吉緒()<>:
  • 尾張吉茂()<>:
  • 尾張有光()<>:
  • 尾張千光()<>:
  • 尾張千次()<>:
  • 尾張員胤()<>:
  • 尾張員信()<>:
  • 尾張員職()<>:
  • 藤原季範(1090-1155)<>:源頼朝の外祖父。
  • 藤原範忠()<>:
  • 藤原範信()<>:
  • 藤原範雅()<>:
  • 藤原清季()<>:
  • 藤原範高()<>:
  • 藤原忠兼()<>:
  • 藤原範経()<>:
  • 藤原朝季()<>:
  • 藤原季継()<>:
  • 藤原保範()<>:
  • 藤原範宗()<>:
  • 藤原範直(生没年不詳)<1220->:
  • 藤原能範()<>:
  • 藤原範広()<>:
  • 藤原朝氏()<>:
  • 藤原宗範()<>:
  • 藤原範行()<>:
  • 藤原忠能()<>:
  • 藤原家季()<>:
  • 藤原永範()<>:
  • 藤原範房()<>:
  • 藤原親昌(生没年不詳)<>:
  • 藤原清重()<>:
  • 藤原季宣()<>:
  • 千秋国重()<>:
  • 千秋昌能(生没年不詳)<>:後醍醐天皇の側近。
  • 千秋昌胤()<>:
  • 千秋季氏()<>:
  • 千秋高季()<>:
  • 千秋高範()<>:
  • 千秋常季()<>:
  • 千秋満範()<>:
  • 千秋重季()<>:
  • 千秋持季()<>:
  • 千秋勝季()<>:
  • 千秋季国()<>:
  • 千秋政範()<>:
  • 千秋季通()<>:
  • 千秋季平()<>:
  • 千秋季光()<>:
  • 千秋季直()<>:
  • 千秋季忠()<>:
  • 千秋季信()<>:
  • 千秋季盛()<>:
  • 千秋武季()<>:
  • 千秋季勝()<>:
  • 千秋季明()<>:
  • 千秋季寿()<>:
  • 千秋季成()<>:
  • 千秋正季()<>:
  • 千秋季興()<>:
  • 千秋季豊()<>:
  • 千秋季雄()<>:
  • 千秋季条()<>:
  • 千秋季福()<>:

「熱田神宮旧大宮司千秋氏系譜鈔略」[1]

大宮司・宮司

  • 代数は近現代のもので便宜上のもの
生没年 在職年 略歴
1 千秋季福 1846-1876 1872-1876 1846年(弘化3年)生。1872年(明治5年)5月19日、華族。同年5月、新制の熱田神宮大宮司に就任。教導職権少教正。1874年(明治7年)11月27日少教正。在任中の1876年(明治9年)4月17日自殺。
2 角田忠行 1834-1918 1877-1914 維新志士。国学者。信濃国佐久郡岩村田出身。1834年(天保5年)生。社家。藤田東湖、平田鉄胤に師事。等持院足利将軍木像梟首事件に参加。1873年(明治6年)、賀茂御祖神社少宮司となり、翌年、熱田神宮少宮司。広田神社少宮司を経て、1877年(明治10年)、熱田神宮大宮司となる。在任中、制度変更で大宮司から宮司となる。熱田神宮改造を成し遂げる。1918年(大正7年)死去。愛知県神職取締所所長。著書多数。
3 岡部譲 1849-1937 1914-1917 国学者。賀茂真淵の子孫。1914年(大正3年)から1917年(大正6年)まで熱田神宮宮司。(略歴は伏見稲荷大社#組織を参照)
4 野田菅麻呂 1857-1945 1917-1930 石見国那賀郡の社家出身。1857年(安政4年)生。津和野藩の養老館や川合国漢塾に学ぶ。今福八幡宮祠掌、物部神社権禰宜。1876年(明治9年)、神道事務局生徒寮に学ぶ。1881年(明治14年)、国内巡教。1882年(明治15年)、物部教会副院長。1883年(明治16年)、二等宣教使。以後、中国地方巡回講師。権少教正。明倫教会長。神道本局の幹部として活躍。1898年(明治31年)大教正。1902年(明治35年)、四條畷神社宮司。生国魂神社宮司。1917年(大正6年)、熱田神宮宮司。愛知国学院創立。1930年(昭和5年)依願退職。1945年(昭和20年)死去。説教に長け、「神道界三大説教家」の一人と言われた。(『神道人名辞典』)
5 桑原芳樹 1861-1943 1930-1936 神職、神道家。筑前国宗像郡出身。小林家。1861年(文久1年)生。大成教管長平山省斎の弟子。1874年(明治7年)、宗像大社に出仕。1881年(明治14年)、神道事務局生徒寮に入り、翌年、皇典講究所に入学。1886年(明治19年)卒業。1887年(明治20年)、神道大成教修道鎮魂修学を允許。同年、山形県皇典講究分所教授。ついで皇典講究所書記、編纂主任。『古事類苑』編纂に従事。1891年(明治24年)、桑原家を継ぐ。養父の桑原北林は、平山省斎の義父。1893年(明治26年)、講演主任。同年12月26日、浅間神社宮司。1895年(明治28年)、三島大社宮司。翌年、伊勢神宮禰宜。1897年(明治30年)、神宮皇学館幹事、古事類苑編纂事務所理事を兼務。庶務課長。同年12月20日、伊勢神宮権宮司(のち少宮司)となり、神宮皇学館副館長を兼任。1903年(明治36年)、神苑会理事。同年、神宮皇学館館長兼務。1904年(明治37年)、皇典講究所協議員。1911年(明治44年)4月、大神神社宮司兼橿原神宮宮司。翌年5月、橿原神宮宮司専任となる。神域拡張に当たる。1917年(大正6年)7月、皇典講究所幹事長。翌年、専務理事。1929年(昭和4年)1月、国学院大学学長事務取扱。同年3月、賀茂別雷神社宮司。1930年(昭和5年)11月、熱田神宮宮司。本殿遷座祭を完遂。1936年(昭和11年)6月17日、依願退職。1939年(昭和14年)、神社局(のち神祇院)参与。1943年(昭和18年)死去。墓所は谷中墓地平山省斎墓の隣にある。(『神道人名辞典』)
6 長谷外余男 1890-1973 1936-1964 初代神社本庁統理。石川県出身。1890年(明治23年)生。1901年(明治34年)、神宮皇学館本科卒。翌年、駒形神社宮司。1903年(明治36年)、大鳥神社宮司。1910年(明治43年)、松尾大社宮司。1918年(大正7年)、多賀大社宮司。1934年(昭和9年)(7年は誤りか)、橿原神宮宮司。1936年(昭和11年)、熱田神宮宮司。1946年(昭和21年)、神社本庁の設立に関わり、2月、統理代務者、翌月、統理となるが即日辞任。愛知県神社庁初代庁長。1948年(昭和23年)3月、神社本庁2代事務総長に就任し、翌年6月まで務める。1962年(昭和37年)、復興した皇学館大学理事長。翌年まで。1964年(昭和39年)、熱田神宮宮司を辞任。1973年(昭和48年)死去。(『神道人名辞典』)
7 篠田康雄 1908-1997 1964-1986 12代神社本庁総長。三重県出身。1908年(明治41年)生。1930年(昭和5年)、神宮皇学館本科卒。同年、多度大社主典。1932年(昭和7年)、北畠神社禰宜。翌年、多賀大社主典。1939年(昭和14年)、熱田神宮禰宜。1942年(昭和17年)3月19日、熱田神宮権宮司。。戦争中、神器の護衛に尽力。1950年(昭和25年)、神社本庁理事。1956年(昭和31年)、本庁評議員会常任委員。1959年(昭和34年)、本庁常務理事。1962年(昭和37年)、皇学館大学常務理事。同年、本庁理事。1964年(昭和39年)、熱田神宮宮司に就任し、愛知県神社庁庁長。1974年(昭和49年)、本庁12代事務総長(昭和51年6月から総長と改称)。1983年(昭和58年)まで3期務める。1975年(昭和50年)8月から翌年5月までは統理代務者も務めた。神社本庁憲章を制定。日本宗教連盟理事長。皇学館大学理事長。神社新報社社長。1986年(昭和61年)、熱田神宮宮司を退任。1997年(平成9年)死去。(『神道人名辞典』)(「任免裁可書」[2]
8 岡本健治 1924-1999 1986-1998 16代神社本庁総長。京都府舞鶴市出身。1924年(大正13年)生。1943年(昭和18年)、神宮皇学館大学付属専門部卒。同年、熱田神宮奉職。1975年(昭和50年)、権宮司。1986年(昭和61年)2月28日、宮司就任。1989年(平成1年)6月4日、神社本庁副総長。1995年(平成7年)6月4日神社本庁総長。1998年(平成10年)熱田神宮宮司を退任。1999年(平成11年)1月26日死去。
9 小串和夫 1943- 1998-2018 1943年(昭和18年)生。1966年(昭和41年)、皇学館大学国史学科卒。復興した皇学館大学の第1期生。1979年(昭和54年)、乃木神社宮司。1985年(昭和60年)、多度大社宮司。1994年(平成6年)5月、熱田神宮権宮司。1998年(平成10年)熱田神宮宮司。愛知県神社庁庁長。2018年(平成30年)9月26日退任。(『神道人名辞典』)
10 千秋季頼 2018- 皇学館大学文学部国史学科卒。1973年(昭和48年)熱田神宮に奉職。2014年(平成26年)11月、熱田神宮権宮司。2018年(平成30年)9月27日、熱田神宮宮司。

少宮司・権宮司

  • 田中哲郎()<>:
  • 角田忠行()<>:
  • 田中尚房(1839-1891)<1872-1874>:
  • 小西有三()<1882-?>:1882年(明治15年)10月28日、熱田神宮権宮司。
  • 松岡義男()<?-1914>:1914年(大正3年)6月10日退任。
  • 副島知一(1874-1959)<1914-1917>:1914年(大正3年)6月11日、熱田神宮権宮司。(略歴は、石清水八幡宮#組織を参照)
  • 加藤直久()<1920->:1920年(大正9年)11月19日、熱田神宮権宮司。
  • 高橋城司(1895-?)<1934-1934>:(略歴は、日光二荒山神社#組織を参照)
  • 鈴木松太郎(1872-1955)<>:(略歴は、伏見稲荷大社#組織を参照)
  • 泉田荒吉()<>:1932年(昭和7年)5月在職。
  • 慶光院俊()<-1941->:
  • 篠田康雄(1908-1997)<1942->:
  • 矢野泰也()<>:熱田神宮権宮司。1931年日吉大社宮司。

画像

参考文献

  • 土岐昌訓 平成7「旧官国幣社と延喜式内社」『神社史の研究』

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E7%86%B1%E7%94%B0%E7%A5%9E%E5%AE%AE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール