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阿部野神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年5月24日 (火)

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阿部野神社
あべの じんじゃ
Abeno-jinja (6).jpg
概要 南朝忠臣を奉斎する神社。
奉斎 北畠親房、北畠顕家
(土岐昌訓論文)
所在地 大阪府大阪市阿倍野区北畠3-7-2
所在地(旧国郡)
所属(現在) 神社本庁
格式など 別格官幣社別表神社
関連記事 南朝英雄奉斎神社


阿部野神社(あべの・じんじゃ)は、大阪府大阪市阿倍野区にある、南朝忠臣の北畠顕家北畠親房を祀る霊社。阿倍野は、石津の戦いで足利軍に敗れた北畠顕家の最期の地とされ、顕家墓の1km西に建てられた。同族を祀る神社で3社(当社、北畠神社霊山神社)も別格官幣社が認められたのは、北畠家が唯一である。霊山神社でも主祭神とされた親房と顕家は、徳川家康日光東照宮久能山東照宮)とともに、複数の別格官幣社の主祭神であることが国に認められた希少な例である。


目次

歴史

建武中興十五社
社号 祭神
吉野神宮 後醍醐天皇
鎌倉宮 護良親王
井伊谷宮 宗良親王
八代宮 懐良親王
(配)良成親王
金崎宮 尊良親王
恒良親王
小御門神社 花山院師賢
菊池神社 菊池武時
菊池武重
菊池武光
(配)菊池武政他
湊川神社 楠木正成
(配)楠木正行他
名和神社 名和長年
(配)名和長重他
阿部野神社 北畠親房
北畠顕家
藤島神社 新田義貞
(配)新田義宗他
結城神社 結城宗広
(配)結城親光他
霊山神社 北畠親房
北畠顕家
北畠顕信
北畠守親
四條畷神社 楠木正行
(配)楠木正時他
北畠神社 北畠顕能
(配)北畠親房
(配)北畠顕家
  • 1338年(延元3年/暦応1年)5月22日:北畠顕家、戦死
  • 1733年(享保18年):並河誠所、大名塚に北畠顕家の墓碑建立(北畠顕家墓
  • 1878年(明治11年)2月27日:地元住民ら天下茶屋に北畠顕家の神社創建の請願[1]
  • 1878年(明治11年)10月29日:天下茶屋に創建許可[2]
  • 1880年(明治13年)10月1日:造営着手[3]
  • 1882年(明治15年)1月24日:別格官幣社に列格。創建の命令[4][5]
  • 1882年(明治15年)3月22日:鎮座地変更の請願6/2副申[6]
  • 1882年(明治15年)9月22日:名和神社の次位と定める。[7]
  • 1883年(明治16年)3月7日:天下茶屋は低湿のため藪山の現在地に変更[8]
  • 1885年(明治18年)5月26日:御霊代は神鏡。例祭日は1/24。地元は5/22を申請していた。[9]
  • 1890年(明治23年)3月31日:鎮座。勅使として大阪府知事建野郷三が参向。
  • 1938年(昭和13年):600年祭
  • 1945年(昭和20年)3月14日:空襲で焼失
  • 1945年(昭和20年)12月:仮社殿に奉安。この時、御魂振之宮を合祀
  • 1968年(昭和43年)11月4日:本殿再建

境内

  • 本社
  • 勲之宮
  • 祖霊社
  • 御魂振之宮
  • 旗上稲荷社
  • 土宮
  • 祓戸社

組織

宮司

  • 安濃恒生(1833-1889)<>:国学者。阿部野神社初代宮司。伊佐須美神社日御碕神社都々古別神社小国神社の宮司を歴任。1873年(明治6年)陸奥・広峰神社長慶天皇陵だとして建議した。
  • 園八尋(1834-1900)<>:幕末明治の国学者。播磨出身。
  • 早川建彦()<>:
  • 中塚明男()<>:
  • 辻陳雄()<-1925->:
  • 村岡良臣()<-1938-1941->:
  • 中塚昌宏()<>:
  • 中塚武志()<2018->:2018年(平成30年)4月1日就任。

画像

資料

  • 1928『住吉村誌』「阿部野神社」[10]

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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