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能登・本誓寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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- | '''本誓寺''' | + | '''本誓寺'''(ほんせいじ)は、石川県輪島市にある、能登国の最古・最大の[[浄土真宗]]寺院。[[真宗大谷派]]。 「'''阿岸本誓寺'''」「'''新巻山本誓寺'''」。 |
当寺は[[石動山]]系統の[[真言宗]]'''松岡寺'''であったが、承元元年(1207)、住職'''良禅'''が親鸞に出会い、文永5年(1268)は'''善了'''が[[本願寺]]2世の[[如信]]に帰依し、浄土真宗に改宗。「'''本誓寺'''」の号を下賜された。 | 当寺は[[石動山]]系統の[[真言宗]]'''松岡寺'''であったが、承元元年(1207)、住職'''良禅'''が親鸞に出会い、文永5年(1268)は'''善了'''が[[本願寺]]2世の[[如信]]に帰依し、浄土真宗に改宗。「'''本誓寺'''」の号を下賜された。 |
2015年2月14日 (土) 時点における版
本誓寺(ほんせいじ)は、石川県輪島市にある、能登国の最古・最大の浄土真宗寺院。真宗大谷派。 「阿岸本誓寺」「新巻山本誓寺」。
当寺は石動山系統の真言宗松岡寺であったが、承元元年(1207)、住職良禅が親鸞に出会い、文永5年(1268)は善了が本願寺2世の如信に帰依し、浄土真宗に改宗。「本誓寺」の号を下賜された。
近くの阿岸郷(現・輪島市域)にあったが、中世末に現在地に移転した。 江戸時代、加賀藩前田家の領内となり、鳳至郡106寺を統括する触頭となり、同じく触頭となった長福寺(東本願寺末)、光徳寺(西本願寺末)とともに能登を代表する真宗寺院となった。 現在の本堂は、寛政4年(1792)の造営。全国的にも珍しい巨大な茅葺きの堂宇で「日本三大茅葺」の一つとされる。幕末に京都貴族の二条家の五百姫が嫁いでいる。
五木寛之氏は『百寺巡礼』で北陸編の冒頭に当寺を据え、「真宗王国 能登の玄関」と評している。