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観心寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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*建掛塔:楠木正成が三重塔を立てようとして途中で終わったと伝える。 | *建掛塔:楠木正成が三重塔を立てようとして途中で終わったと伝える。 | ||
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*[[後村上天皇陵]]:元は法華堂があったか。 | *[[後村上天皇陵]]:元は法華堂があったか。 |
2023年12月11日 (月) 時点における版
観心寺(かんしんじ)は、大阪府河内長野市にある、真言宗寺院。定額寺。南朝にゆかり深く、後村上天皇の行在所となった。後村上天皇陵がある。本尊は如意輪観音。楠木正成旧跡。高野山真言宗。 京都の禅林寺と深い関係を持った。
目次 |
歴史
役小角が701年(大宝1年)に創建し雲心寺と称した。 808年(大同3年)空海が訪れて北斗七星を勧請。815年(弘仁6年)如意輪観音を刻んで観心寺と称した。 827年(天長4年)、実恵の命で弟子の真紹が伽藍を造営した。 883年(元慶7年)『観心寺縁起資財帳』編纂。
伽藍
- 金堂:
- 講堂:恩賜講堂。昭和大礼で使われた建物を移築した。
- 建掛塔:楠木正成が三重塔を立てようとして途中で終わったと伝える。
- 大師御影堂:
- 実恵御影堂:開山堂
- 阿弥陀堂:
- 訶梨帝母天堂:
- 西宮:
- 東宮:
- 弁天堂:
- 役行者堂:本尊は役小角。
- 灌頂院:
- 後村上天皇陵:元は法華堂があったか。
- 新待賢門院墓:コウボ坂陵墓参考地
- 楠木正成首塚:
- 楠木正行首塚:
- 空海礼拝石:
- 星塚:空海が勧請した北斗七星を祀る。七つある。
- 檜尾塚陵墓参考地
子院
- 総持院:後村上天皇行在所。廃絶。跡地に石碑が建つ。
- 中院:楠木氏の菩提寺。現存。楠木正成が幼少の時ここで学んだという。
- 槙本院:現存。本坊。
組織
住職
- 「石山寺座主并禅林・観心両寺座主相承次第」[1]