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青岸渡寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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青岸渡寺(せいがんとじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町(紀伊国牟婁郡)にある熊野信仰・観音信仰の天台宗寺院。本尊は如意輪観音。熊野三山の一つ那智山を代表する寺院。元は熊野那智大社と一体で、明治に分離したが現在も隣接する。西国三十三所観音霊場第1番札所。天台宗延暦寺派特別寺。山号は那智山。
仁徳天皇の時代にインドから渡来した裸形が那智の滝で修行し、滝壺で小さな観音菩薩を感得して草庵を結んで祀ったのが始まり。 推古天皇の時代、大和の生仏という僧侶が一丈の如意輪観音を刻んで、裸形感得の小観音を胸に納め、勅願所となったという。 のち役小角が修行し、最澄、空海、円珍も来訪したと伝える。
組織
住職
- 1悲羅井純孝()<1877->:平井純孝。
- 2阿恵光()<>:
- 3中森亮順(1877-)<1911->:滋賀県出身。1877年生。幼名は小川米吉。滋賀県安楽寺で得度。1885年比叡山大学林卒業。1890年、安楽寺住職。1911年1月青岸渡寺住職。如意輪心院。
- 4
- 5
- 6
- 7高木亮孝(?-1987)<>:1987年死去。
- 8高木亮享(1938-2021)<1984-2021>:高木亮孝の子。1938年生。龍谷大学卒。1984年青岸渡寺住職。1987年補陀洛山寺住職を兼務。2021年7月4日死去。82歳。
- 9高木亮英()<2021->:高木亮享の弟。1972年龍谷大学卒。1984年、青岸渡寺副住職。1988年、順峰修行を復興。