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鹿児島県護国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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==歴史==
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明治元年1月、鹿児島藩主島津忠義が明治天皇から500両を与えられて7月6日?、山之口馬場町(松原神社の隣)に靖献霊社として創建したのが始まり。翌年10月26日(11月12日とも)、照国神社の隣に遷座。
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明治元年1月、鹿児島藩主島津忠義が明治天皇から500両を与えられて7月6日?、山之口馬場町([[鹿児島・松原神社]]の隣)に靖献霊社として創建したのが始まり。翌年10月26日(11月12日とも)、[[照国神社]]の隣に遷座。
『靖国神社誌』には1870年(明治3年)10月創建とあるが不詳。
『靖国神社誌』には1870年(明治3年)10月創建とあるが不詳。
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明治5年6月、勅使参拝。
明治5年6月、勅使参拝。
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明治7年、官祭招魂社
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明治7年、官祭招魂社となる。
昭和14年4月、指定護国神社となり鹿児島県護国神社と改称。
昭和14年4月、指定護国神社となり鹿児島県護国神社と改称。
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==境内==
==境内==
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*本社
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*本社:社殿は護国神社様式。
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*旭桜神社
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*[[旭桜神社]]:本社相殿に合祀。
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*頓宮
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*[[鹿児島県護国神社頓宮|頓宮]]
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*(祇園洲墓地)
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*([[祇園洲官軍墓地]]):

2020年2月19日 (水) 時点における版

鹿児島県護国神社(かごしまけん・ごこくじんじゃ)は、鹿児島県鹿児島市草牟田にある、県内の戦没者などを祀る招魂社。官祭招魂社。内務大臣指定護国神社。別表神社。初名は靖献霊社(いさたま・れいしゃ)。靖献神社靖献社鹿児島招魂社。占領下での名前は薩隅頌徳神社

祭神

78076柱(百年史)。 77592柱(「全国護国神社一覧」)。

戦後は殉職自衛官や殉職警察官消防官も合祀する。


歴史

明治元年1月、鹿児島藩主島津忠義が明治天皇から500両を与えられて7月6日?、山之口馬場町(鹿児島・松原神社の隣)に靖献霊社として創建したのが始まり。翌年10月26日(11月12日とも)、照国神社の隣に遷座。

『靖国神社誌』には1870年(明治3年)10月創建とあるが不詳。


西南戦争で社殿焼失。翌年改築。大正6年、社殿改築。

明治5年6月、勅使参拝。 明治7年、官祭招魂社となる。 昭和14年4月、指定護国神社となり鹿児島県護国神社と改称。

昭和22年5月(4月24日?)、薩隅頌徳神社と改称。 昭和23年10月、社殿竣工。11月23日(13日?)遷座祭。同時に殉職警察官消防官を祀る旭桜神社を相殿に合祀。

旧社殿も頓宮として残る。

昭和28年12月24日、復称。 昭和40年10月、殉職自衛隊員を相殿に合祀。

境内

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%B9%BF%E5%85%90%E5%B3%B6%E7%9C%8C%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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