ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

日光二荒山神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年7月31日 (水)

移動: 案内, 検索
日光二荒山神社
にっこう ふたらさん じんじゃ
Futarasan-jinja-nikko-chugushi (1).jpg中宮祠
概要 日光山の神を奉斎する神社。
奉斎 二荒山神
(土岐昌訓論文)
所在地 栃木県日光市山内2307
所在地(旧国郡) 下野国河内郡
所属(現在) 神社本庁
格式など 式内社名神大社正二位勲四等下野国一宮朱印地拝領神社国幣中社別表神社
関連記事 二荒山信仰


目次

概要

歴史

境内

組織

宮司

「明治六年以後職員」[1]

代数 名前 生没 在職 略歴
1 戸田忠友 1847-1924 1873-1875 子爵。元宇都宮藩主。1873年(明治6年)3月10日、教導職権少教正。同年3月12日、日光二荒山神社宮司。6月29日、少教正。1874年(明治7年)6月8日、権中教正。1875年(明治8年)9月3日、二荒山神社宮司を退任。(略歴は宇都宮二荒山神社#組織を参照)
2 柿沼広身 1827-1893 1875-1880 鹿沼・今宮神社の神職。平田派に入門。戊辰戦争で江戸城に集結し、新政府軍を守る。1874年(明治7年)6月、日光二荒山神社権宮司。1875年(明治8年)10月(12月?)から1880年(明治13年)6月まで日光二荒山神社宮司。
3 早尾海雄 1843-1894 1880-1887 上総国武射郡出身。1843年(天保14年)生。1878年(明治11年)10月、都々古別神社宮司。玉前神社宮司。安房神社少宮司、伊勢神宮禰宜。1880年(明治13年)5月、日光二荒山神社宮司。1887年(明治20年)3月、松平容保の宮司赴任で禰宜となる。1893年(明治26年)11月まで。1894年(明治27年)死去。
4 松平容保 1835-1893 1887-1893 会津藩主。日光東照宮宮司。1887年(明治20年)9月から1893年(明治26年)5月まで日光二荒山神社宮司。(略歴は日光東照宮#組織を参照)
5 渡部邁 1842-1914 1893-1896 壬生藩医渡辺宗玄の子。1842年(天保13年)生。尊王派として活動したため、天狗党の乱の際に処分された。1893年(明治26年)12月から1896年(明治29年)12月まで日光二荒山神社宮司。三島大社宮司。1914年(大正3年)死去。墓所は谷中霊園。蔵書家で、旧蔵書が東京大学、九州大学、東北大学狩野文庫に所蔵されている。著書『宇都宮神社考』。
6 金鑚宮守 1863-1942 1897-1898 1897年(明治30年)1月から1898年(明治31年)2月まで日光二荒山神社宮司。(略歴は金鑚神社#組織を参照)
7 中山信徴 1846-1917 1898-1898 松岡(手綱)藩主。大成教3代管長。日光東照宮宮司。1898年(明治31年)2月から11月まで日光二荒山神社宮司。(略歴は神道大成教#組織を参照)
8 小野村胤信 1864-1908 1898-1899 下総国佐原出身。1898年(明治31年)11月から1899年(明治32年)1月まで日光二荒山神社宮司。結城神社宮司。若狭彦神社宮司。湊川神社宮司。1908年(明治41年)9月1日死去。(略歴は若狭彦神社#組織を参照)
9 園田弘 生没年不詳 1899-1903 1899年(明治32年)4月から1903年(明治36年)1月まで日光二荒山神社宮司。のち八坂神社宮司、射水神社宮司、玉前神社宮司を歴任。(略歴は、射水神社#組織を参照)
10 神宮嵩寿 1849-1921 1903-1905 御嶽教4代管長。金刀比羅宮宮司、氷川神社宮司、八坂神社宮司を経て1903年(明治36年)1月9日、日光二荒山神社宮司。1905年(明治38年)3月、神職を辞め、御嶽教管長4代となる。(略歴は、御嶽教#組織を参照)
11 立木兼善 1834-1909 1905-1909 淡路出身の官僚・政治家。1905年(明治38年)3月13日から1909年(明治42年)6月まで日光二荒山神社宮司。(略歴は、石上神宮#組織を参照)
12 村上信夫 1848-? 1909-1914 1848年(嘉永1年)生。1893年(明治26年)12月日光二荒山神社禰宜。1909年(明治42年)6月から1914年(大正3年)7月まで日光二荒山神社宮司。同年9月30日、日光町長。
13 竹間清臣 1863-1923 1914-1920 1914年(大正3年)7月から1920年8月7日まで日光二荒山神社宮司。(経歴は駒形神社#組織を参照)
14 稲村真里 1867-1961 1920-1925 1920年8月7日-1925/10/16(経歴は香椎宮#組織を参照)
15 加藤直久 1875-1937 1925-1931 1925/10/16-1931/6/22(略歴は平安神宮#組織を参照)
16 林治一 ?-1960 1931-1935 1931/6/22-1935/1/14(略歴は井伊谷宮#組織を参照)
17 矢田部盛枝 1894-1961 1935-1944 1935/1/14-1944/10/25(略歴は三島大社#組織を参照)
18 高橋城司 1895-? 1944-1960 群馬県出身。1916年(大正5年)早稲田大学中退。1920年(大正9年)群馬県属。1926年(昭和1年)内務省属。1929年(昭和4年)内務省神社局に勤務。1931年(昭和6年)春日大社禰宜。1933年(昭和8年)伊豆山神社宮司。1934年(昭和9年)熱田神宮権宮司。同年、談山神社宮司。1939年(昭和14年)2月1日日吉大社宮司。1941年(昭和16年)、滋賀県祭務官。1944年(昭和19年)10/25から1960年(昭和35年)まで日光二荒山神社宮司。1946年(昭和21年)、栃木県神社庁初代庁長。1952年(昭和27年)神社本庁理事。
19 喜田川清香 1910-? 1960-1993 三重県高岡村出身。1910年生。1931年、国学院大学神道部卒業。熱田神宮雇、熱田神宮宮掌、熱田神宮主典を経て1946年、二荒山神社禰宜。1948年、権宮司。1960/7/18から1993年(平成5年)10/1まで日光二荒山神社宮司。
20 吉田健彦 1936- 1993-2018 1983年(昭和58年)権宮司。1993年(平成5年)10/1宮司。2001年(平成13年)から2010年(平成22年)まで栃木県神社庁長。在任中、世界遺産登録。
21 中麿輝美 2018- 2018年(平成30年)日光二荒山神社宮司。

権宮司

  • 阿部浩()<>:
  • 柿沼広身()<>:
  • 小村鄰(1848-1920)<>:下総古河出身。(略歴は北海道神宮#組織を参照)
  • 吉田健彦()<>:

画像

資料

  • 1917『二荒山神社』[2]

脚注

https://shinden.boo.jp/wiki/%E6%97%A5%E5%85%89%E4%BA%8C%E8%8D%92%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール