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一条殿新善光寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年3月21日 (月)

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本堂

新善光寺(しん・ぜんこうじ)は、京都府京都市東山区の泉涌寺にある善光寺信仰の寺院。後嵯峨天皇勅願寺。 本尊は阿弥陀如来一条殿新善光寺

1243年(寛元1年)8月、足利家出身の値願念西が後嵯峨天皇の勅願で創建。如導派の寺院だったらしい。当初は一条大宮(上京区下鏡石町)にあったが、応仁の乱で焼失。1473年(文明5年)、華空が泉涌寺内に移転。その後も旧地を管理していたらしい。近世初頭には知恩院初代門跡を解任された良純親王が配流から帰洛後に住したという。 (『日本歴史地名大系』、『中世後期泉涌寺の研究』)

伽藍

新善光寺
  • 本堂:本尊は阿弥陀如来。信濃善光寺本尊と「同仏同体」という。藤井為行が鋳造。ただし写真でみるかぎり、光背が小さく「一光三尊」の形は取っていない。
  • 石塔:
  • 大方丈:「唐人物図襖絵」がある。
  • 愛染堂:本尊は愛染明王。朱色の六角堂
  • 鎮守社:
  • 晃親王塔:新善光寺境内。治定外墓。山階宮晃親王。治定墓は泉涌寺大門の南にある。
  • 鹿島萩麿髪歯塔:新善光寺境内。鹿島萩麿は山階宮菊麿王の第四王子。
  • 新善光寺住職墓地:新善光寺境内ではなく、泉涌寺開山堂の奥にある。
  • 良純親王墓:新善光寺境内ではなく、泉涌寺開山堂の奥にある。新善光寺住職墓地のそば。知恩院宮初代良純法親王は甲斐配流を許されて帰洛して新善光寺に滞在した。
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