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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

中山寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年7月21日 (日)

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中山寺(なかやまでら)は、兵庫県宝塚市にある、真言宗寺院。真言宗中山寺派大本山。本尊は十一面観音西国三十三所観音霊場第24番札所。仲山寺とも。山号は紫雲山。


目次

歴史

草創

寺伝では創建以前、この地には仲哀天皇皇后の大仲姫が葬られたとされる。 その後、聖徳太子物部守屋を滅ぼした後、大仲姫、麛坂王、忍熊王、物部守屋を慰めるように託宣を受け、 中山寺を創建した。 本尊の十一面観世音は勝鬘夫人が女人救済のために自分の等身を写した像という。 西国霊場を開いた徳道が冥府で閻魔大王から授けられた宝印を中山寺の「石の唐櫃」に納めた。

古代

『続日本紀』750年5月24日条に中山寺が地震による火災で塔など焼失。 『本朝高僧伝』には中山寺の良祐という僧が多武峰妙楽寺を訪れた逸話を記す。 寺伝では宇多上皇が中山寺独鈷尾の別所に滞在していたことがあるという。また源満仲が信仰したという。

中世

平安時代末に西国霊場が形成され、伝承では花山天皇が中山寺に納められていた閻魔大王の宝印を取り出し、霊場を復興したという。 行尊巡礼時には11番、覚忠の時には12番だった。 寺伝では1185年、安徳天皇を匿った疑いで焼き討ちされたが、後に嫌疑は晴れ源氏の祈願所として再興されたという。 1234年には延暦寺大成就院領に仲山寺が挙げられている。 1335年1月、後醍醐天皇中宮の安産祈願が行われた。 1363年、摂津・清澄寺と境界争いが起きる。1523年にも再発。 1423年火災。1510年の時点では多田院の末寺になっていた。

近世

天正年間、伊丹城主荒木村重の兵火で全山焼失。 1605年2月、豊臣秀頼が再建。桑山重政が奉行となった。 1674年、仁和寺から子院に院号を与えられる。 子院が交代で中山寺村の庄屋を務めた。

近代

明治天皇誕生の際に生母の中山慶子が祈願したことから安産祈願の信仰が盛んになった。 真言宗御室派の準別格本山となっていた。 1947年、離脱して真言宗中山寺派を設立(兵庫県史)。 1965年、本堂、解体修理。2008年本堂修復。

(『日本歴史地名大系』、『大本山中山寺』、寺院ウェブサイト)

伽藍

本堂周辺

  • 本堂:本尊は勝鬘夫人作と伝わる十一面観世音。脇侍にも十一面観世音2体を祀る。豊臣秀頼の再建。2008年修復されて鮮やかな色彩を取り戻した。金堂とも。
  • 護摩堂:五大明王を祀る。権現堂。慶長年間の造営。
  • 開山堂:本尊は聖徳太子。太子堂。
  • 大師堂:慶長年間の造営。
  • 阿弥陀堂:慶長年間の造営。
  • 地蔵堂:
  • 羅漢堂:五百羅漢を祀る。地下には涅槃堂があり、釈迦涅槃図と千体仏を祀る。
  • 薬師堂:
  • 札納堂:
  • 閻魔堂:慶長年間の造営。
  • 大願塔:本尊は大日如来。多宝塔。
  • 五重塔:ネパールのダルマキールティ寺院から請来した仏舎利を祀る。2007年造営。類例のない青色で彩られ、青龍塔と呼ばれている。
  • 妙音殿:本尊は阿弥陀如来。位牌堂。
  • 詠歌堂:
  • 鎮守社:祭神は恵美須神など。慶長年間の造営。
  • 寿老神堂
  • 大黒堂:
  • 疱瘡神社
  • 中山寺村鎮守五社
  • 大仲姫陵:石の唐櫃と呼ばれた。白鳥塚古墳。
  • 安産手洗鉢:忍熊王の石櫃という。
  • 天宮塚:聖徳太子の舎利を納めたという。
  • 万霊塔:納骨堂。サーンチ塔を模す。
  • 山門:仁王門。1646年、徳川家光の造営。望海楼ともいう。
  • 紫雲閣:納経所、寺務所、祈祷殿を備える。
  • 信徒会館:
  • 六角堂:
  • 卜部左近墓:

奥之院周辺

本堂から2kmの山道を上がったところにある。

  • 奥之院:本尊は十一面観世音と厄神明王。厄神明王とは忍熊王、仲哀天皇、大仲姫という。2014年拝殿修復。裏側に巨石がある。下の神所。三神窟。
  • 白鳥石:忍熊王を祀る?奥之院の脇にある。白鳥水、大悲水。
  • 小祠:祭神は応神天皇と武内宿禰。
  • 小祠:祭神は大杉大明神。
  • 五大龍王社:
  • 吾孫子弁財天:
  • 夫婦岩:
  • 五神窟:巨岩。祭神は神代五代。白龍大明神、中の神所とも。
  • 七神窟:巨岩。黒八大神、上の神所とも。
  • 天神岩:巨岩。天神像が線刻されており、宇多上皇が彫ったとされる。

子院

  • 総持院:本尊は文珠菩薩。旧称は西之坊。
  • 宝蔵院:大日如来と弁財天を祀る。旧称は辻之坊。
  • 観音院:普賢菩薩と大黒天を祀る。旧称は宝泉坊。
  • 成就院:虚空蔵菩薩と布袋を祀る。旧称は杉本坊。
  • 華蔵院:阿弥陀如来と毘沙門天を祀る。旧称は松本坊。
  • 成就坊:
  • 岩本坊:
  • 滝本坊:
  • 中之坊:
  • 新坊:

組織

長老

  • 石堂恵猛(?-1943)<>:仁和寺門主。
  • 今井円海(?-1948)<>:
  • 石堂恵俊()<>:
  • 村主恵快(1922-1998)<1984->:自坊は中山寺総持院。1922年7月30日生。高野山大学予科。九州帝国大学卒。京都帝国大学大学院修了。インド哲学を専攻。1941年高法寺住職。1958年総持院住職。1984年中山寺長老・管長。1987年真言宗長者。1994年密教学芸賞。追手門学院大学教授。1998年8月11日死去。76歳。
  • 池田瑩輝(1923-2004)<>:自坊は中山寺成就院。1923年7月24日生。1944年東亜外事専門学校卒。1953年種智院大学密教学科卒。1951年成就院住職。1987年中山寺長老・管長。1991年真言宗長者。1996年、密教教化賞。世界連邦日本委員会委員長。
  • 今井円明(-2011)<>:自坊は中山寺宝蔵院。2011年6月25日死去。83歳。種智院大学学長。
  • 石堂恵教(1932-)<1994->:関西学院大学大学院修了。産経新聞記者。1994年中山寺長老・管長。
  • 村主康瑞(1950-)<1998->:自坊は中山寺総持院。早稲田大学卒。大阪大学大学院で山口恵照にインド哲学を学ぶ。1987年総持院住職。1998年中山寺長老。2010年種智院大学学長。2012年綜芸種智院理事長。
  • 池田光輝(1952-)<2003->:自坊は中山寺成就院。1952年3月3日生。種智院大学卒。仁和密教学院修了。1991年成就院住職。2003年6月1日中山寺長老・管長。
  • 村主康瑞()<?-2018>:再任?
  • 今井浄円(1957-)<2018->:自坊は中山寺宝蔵院。1957年5月17日生。龍谷大学大学院文学研究科修了。仁和寺道場で加行、伝法灌頂。1998年宝蔵院住職。種智院大学教授。専門は密教学。中山寺執行長を経て2018年中山寺長老・管長。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E5%AF%BA」より作成

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