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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

仁王護国寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年3月25日 (水)

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仁王護国寺は宮崎県日南市宮浦(日向国那珂郡)にあった真言宗寺院。鵜戸神宮別当。山号は吾平山・鵜戸山。

目次

歴史

782年(延暦1年)に創建。

子院

鵜戸山十二坊

  • 上之坊:観音院。39快能以来、本坊となる。
  • 宝寿院:
  • 隆真院:竹の坊。
  • 弥勒院:大福院。
  • 新南院:
  • 明王院:北の坊。
  • 延命院:弁財院。
  • 常福院:
  • 持宝院:
  • 大光坊:
  • 尊勝院:宝蔵院。
  • 不動院:

組織

歴代別当

  • 1快久():光喜坊。天台宗。833年(天長10年)死去。92歳。
  • 8(仁和寺門跡
  • 9(仁和寺門跡)
  • 10(仁和寺門跡)
  • 円海():
  • 阿日():
  • 教什():
  • 教杲():
  • 28舜遍():1543年(天文12年)、王楽寺で死去。
  • 29頼祐():中興開山。以後、智積院系の僧侶が入る。
  • 30快祐():1521年(大永1年)死去。
  • 31精祐():
  • 32実翁():
  • 33盛秀():天正年間頃。
  • 34実誉():王楽寺兼務。
  • 35実慶():渡辺氏。元和年間頃。
  • 36実祝():慶長年間頃。
  • 37実精():1624年(寛永1年)死去。
  • 38実祐():宇宿氏。榎原神社創建に奔走。1642年(寛永19年)死去。実融。
  • 39快能():上之坊住職。託宣により別当となる。1658年(万治1年)死去。
  • 40真誉():肥田木氏。1662年(寛文2年)、くしふる峰で死去。
  • 41実仙():蛯原氏。実祐の弟子。近江総持寺に留学。嵐山法輪寺で両部神道を学ぶ。1691年(元禄4年)くしふる峰で死去。
  • 42実真():吉田氏。1697年(元禄10年)摂津で死去。
  • 43良誉():谷口氏。真誉の弟子。色衣許可。隆実の死去で再任。隆真に譲り弁財院に隠居。1718年(享保3年)死去。82歳。または81歳。
  • 44隆実():弓削氏。実仙の弟子。1700年(元禄13年)両部神道灌頂。1708年(宝永5年)死去。51歳。
  • 45隆真():荒武氏。実真の弟子。1735年(享保20年)死去。68歳。
  • 46隆珍():時任氏。隆真の弟子。隆岳退任で再任。1年で隆賢に譲る。明王院に隠居。1784年(天明4年)死去。89歳。
  • 47隆岳():成合氏。隆珍の弟子。11年で隠居。1784年(天明4年)死去。68歳。著書『鵜戸山玄深記』『神道旧時鏡』。
  • 48隆賢():井野氏。隆真の弟子。神生寺6世、日向・慈尊院住職を経て1768年(明和5年)就任。1786年(天明6年)死去。82歳。
  • 49隆戒():諸井氏。1778年(安永7年)就任。1802年(享和2年)死去。66歳。
  • 50隆仁():平川氏。1817年(文化14年)死去。64歳。
  • 51隆峰():時任氏。神生寺10世、慈尊院住職を経て就任。1806年(文化3年)色衣許可。1821年(文政4年)死去。
  • 52隆徳():荒武氏。1827年(文政10年)出火。隆真院に隠居。1828年(文政11年)死去。
  • 53隆長():飯星氏。1835年(天保6年)東郷村平山に隠居。1838年(天保9年)死去。53歳。
  • 54隆貫():神生寺14世を経て就任。1864年(元治1年)死去。73歳。
  • 55隆円():平原氏。1849年(嘉永2年)死去。
  • 56伯仁():平島氏。神生寺16世、慈尊院住職を経て就任。1860年(万延1年)死去。60歳。
  • 57隆弘():後藤氏。神生寺17世を経て就任。1867年(慶応3年)死去。
  • 58不詳():
  • 59観空():還俗

(『鵜戸の宮居』[1]

http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BB%81%E7%8E%8B%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E5%AF%BA」より作成

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