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倭文神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年12月13日 (金)

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倭文神社(しとり・じんじゃ)は鳥取県東伯郡湯梨浜町宮内(伯耆国川村郡)にある倭文信仰の神社。 倭文氏の祖神を祀る。祭神は建葉槌命下照姫命事代主命建御名方命少彦名命天稚彦命味耜高彦根命官社。伯耆国一宮国幣小社別表神社。江戸時代には一宮大明神と呼ばれていた。

目次

歴史

  • 856年(斉衡3年)8月5日:「倭文神」に従五位上を授与(文徳実録)。久米郡の倭文神社に比定する説もある。
  • 940年(天慶3年)9月4日:神階授与。従三位から正三位へ。(日本紀略)
  • 1080年(承暦4年)6月10日:倭文神などに中祓を修すように奏聞される。
  • 1103年(康和5年)10月3日:京尊、法華経を供養。埋納される。「伯耆国河村東郷御坐一宮大明神」とある。
  • 1159年(平治1年)9月29日:この頃は安楽寿院新御塔の末社となっていた。安楽寿院の命で、官使・国使が国役などを徴収することを禁止する。
  • 天文年間:尼子氏が社殿造営。70石寄進。1554年(天文23年)とも。
  • 1570年(元亀1年)6月1日:南条宗勝、安堵
  • 江戸時代:4石安堵
  • 1753年(宝暦3年)頃:この頃、祭神は下照姫命とされていた(河村郡村々明細帳(近藤家文書))。
  • 1818年(文政1年):現在の社殿を造営
  • 1915年(大正4年):盗掘を機に経塚が発見される。
  • 1939年(昭和14年):国幣小社に昇格。


境内

  • 本社
  • 下照姫陵
  • 伯耆一宮経塚
  • 安産石
  • 宮戸弁天
  • 出雲山
  • 神宮寺:天台宗系の神宮寺があったという。
  • 乗蓮寺:鳥取県東伯郡湯梨浜町宇谷。真宗大谷派。元は神宮寺の一つだったという。
  • 早稲田神社:旧摂社。
  • 藤津神社:旧摂社。
  • 長江神社:旧摂社。
  • 北野神社:旧摂社。
  • 宇野神社:旧摂社。
  • 宇谷神社:旧摂社。

組織

宮司

画像

資料

  • 『伯耆民談記』「倭文神社」[1]
  • 1935「倭文神社経塚遺物」[2]
  • 1941『官国幣社特殊神事調』「国幣小社倭文神社」[3]
  • 1960『鳥取県文化財調査報告書1』「伯耆一宮経塚・伯耆一宮経塚出土品」[4]
  • 蔵田蔵1966「伯耆一宮経塚の遺宝」『仏教芸術』60
  • 1974『鳥取県中部郷土の古文書』「伯耆一宮経筒願文」[5]
  • 1975『鳥取県の歴史散歩』「伯耆一宮倭文神社と経塚」[6]
  • 浅湫毅1997「伯耆一宮経塚出土の金銅菩薩立像」[7]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%80%AD%E6%96%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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