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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

坂田寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年10月4日 (水)

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坂田寺(さかたでら)は、大和国高市郡の飛鳥にあった古代寺院。本尊は薬師如来。鞍作氏の氏寺だが、なぜか聖徳太子建立四十六寺の一つとされている。跡地は石舞台古墳の500m南にある。坂田尼寺金剛寺南淵寺ともいう。(参考:同名寺院金剛寺

歴史

『日本書紀』用明天皇2年4月2日条に鞍部多須奈が天皇の病気平癒のために創建。『日本書紀』推古天皇14年5月5日条には鞍作止利が創建したともある。継体天皇16年に来日した司馬達等が建てた草堂が起源ともいう(扶桑略記)。奈良時代、信勝という尼僧がおり、東大寺大仏殿の脇侍を造立した。

平安時代には木幡寺の末寺になり、承安2年(1172)多武峰寺の末寺となった。のち興福寺末となった。 昭和48年から発掘調査。平成2年に金堂跡が見つかった。明日香村阪田に後身を称する浄土宗金剛寺がある。 (日本歴史地名大系)

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