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大津宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年12月3日 (土)

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大津宮中枢部建物復元模型(大津市歴史博物館展示。200分の1。1993年頃製作か)

大津宮は近江国滋賀郡にあった皇宮天智天皇弘文天皇の都。「大津京」と呼んでよいかどうかは議論がある

『日本書紀』によると内裏、大殿、西小殿、宮門の他、仏殿があったことが知られる。

目次

歴史

「志賀皇宮遺跡」碑(錦織遺跡第1地点)
「志賀宮跡碑」(錦織遺跡第1地点)

古代

  • 661年(斉明7年)7月24日:斉明天皇が筑紫朝倉宮で崩御。中大兄皇子が称制として即位しないまま政治を司る。
  • 663年(天智2年)8月:白村江の戦いで百済救援軍、唐新羅連合軍に敗北。
  • 667年(天智6年)3月19日:中大兄皇子、近江遷都。
  • 668年(天智7年)1月3日:天智天皇、正式に即位。
  • 671年(天智10年)1月:大友皇子、太政大臣となる。
  • 671年(天智10年)6月10日:漏刻を初めて用いる。
  • 671年(天智10年)9月:大海人皇子、近江を去り吉野に入る。
  • 671年(天智10年)12月3日:天智天皇崩御。
  • 672年(弘文1年/天武1年)6月22日:壬申の乱、勃発。
  • 672年(弘文1年/天武1年)7月23日:壬申の乱終わる。大津宮陥落。大友皇子自害。廃絶後は大津は古津と改称。
  • 672年(弘文1年/天武1年)9月:大海人皇子、飛鳥浄御原宮を造営。翌年即位。
  • 761年(天平宝字5年)10月11日:保良宮遷都にともない、粟津を大津と改称したとみられ、後世の混乱の元となる。
  • 786年(延暦5年):桓武天皇、梵釈寺を創建。天智天皇追福のためという。
  • 794年(延暦13年)11月8日:桓武天皇、古津を大津に復称。

近現代

  • 1733年(享保18年):『近江輿地志略』完成。「錦織村の内に御所跡と号する処あり。是大津の都の跡なりと云う」とある。
  • 1870年(明治3年):大友皇子の在位を認め、弘文天皇と諡号を贈る。
  • 1897年(明治30年):この頃から天智天皇を祀る神社の創建運動が始まる。
  • 1940年(昭和15年)11月7日:近江神宮鎮座。
  • 1973年(昭和48年):穴太廃寺発見。
  • 1974年(昭和49年):大津市錦織遺跡の発掘調査。大きな掘立柱建物跡が発見。

一覧

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