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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

常陸・西光寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2015年10月28日 (水)

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西光寺(さいこうじ)は、茨城県常陸太田市にある二十四輩唯円房(鳥喰の唯円)ゆかりの浄土真宗寺院。真宗大谷派。(参考:同名寺院西光寺

武蔵国猶山の城主だった橋本綱宗(唯円房、1173-1255)は子を亡くしたことに無常を感じ、城を弟に譲り、薬師如来を奉じて諸国行脚。常陸国那珂郡鳥喰(茨城県那珂市豊喰)で空き家で一晩を過ごした時に薬師如来が光明を放ち稲田に行くことを命じた。その稲田の草庵親鸞に帰依し唯円房と称した。親鸞の命を受け、託宣があった鳥喰の地に寺院を創建。当初は本泉寺と称したが、寛永3年(1626)、徳川頼房の命で現在地に移転し、西光寺と称した。

参考文献

  • 今井雅晴監修、2011『親鸞聖人関東ご旧跡ガイド』本願寺出版社
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B8%B8%E9%99%B8%E3%83%BB%E8%A5%BF%E5%85%89%E5%AF%BA」より作成

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