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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

延暦寺恵心院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年7月16日 (日)

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延暦寺恵心院(えんりゃくじ・えしんいん)は、滋賀県大津市の比叡山延暦寺横川地区兜率谷にある天台宗寺院。現在の本尊は阿弥陀如来源信がいたことで知られる。横川中堂の南側にある。定額寺。延暦寺三学頭の一つ。江戸時代には金峰山寺学頭を兼務することが多かった。天台宗延暦寺派別格寺横川恵心院。(参考:同名寺院恵心院_(同名)

歴史

良源座主の時代、藤原兼家が父師輔の遺志で創建。師輔は良源に帰依し、息子尋禅を入門させるなど、密接な関係にあった。永観元年(983)11月27日、園城寺余慶の導師で落慶した。金色大日如来六観音文殊五大明王を祀っていた。寛和2年(986)10月20日、官符で定額寺となる。良源門下で浄土教の学僧源信が活動の拠点とし、ここで『往生要集』を記した。源信没後はその御影像が置かれたが、歴史ははっきりしない。織田信長の焼き討ち後、天正12年(1584)に横川諸堂の復興を任された恵心院亮信が再建。宝暦8年(1758)には源信像が祀られた。明治元年(1868)に焼失。さらに昭和40年(1965)、焼失。跡地には旧秘宝館が建てられたが、その南に旧生源寺別当大師堂を移築して阿弥陀如来を祀り、恵心堂と呼ばれている。里坊は不詳。横川諸院の学頭で現在も別格寺という格式を持つが、名誉的なものと推測される。(国史大事典、日本歴史地名大系ほか)

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