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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

相国寺大智院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年8月8日 (水)

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相国寺大智院(しょうこくじ・だいちいん)は、京都府京都市上京区の相国寺にあった臨済宗寺院。本尊は文殊菩薩。実質的な相国寺開山で2世を称する春屋妙葩の塔所。遺骸を埋葬した宝幢寺鹿王院から爪髪を三分して南禅寺龍華院建長寺龍興院と共に収めた塔所の一つ。 大御所の足利義視(1439-1491、浄土寺門跡19世)の死後、その菩提所となった。寺名は義視の戒名の大智院殿による。1780年(安永9年)、光源院維明が再建を発願。1787年(天明7年)、近衛家閑院宮旧殿を賜り、再建を果たした。1818年(文政1年)、拙菴が相国僧堂を再建した時、大智院塔所も再建した。明治初年に廃絶した。(『相国寺小史』)

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