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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

薩摩・興国寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年3月29日 (日)

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興国寺は鹿児島県鹿児島市冷水町(薩摩国鹿児島郡)にある曹洞宗寺院。本尊は釈迦如来。豊州島津家の菩提寺。山号は太平山。(参考:同名寺院興国寺

歴史

1496年(明応5年)(または1497年(明応6年))、福昌寺8世の泰雲守琮(1433-1501)が島津忠昌(1463-1508)に招かれ、稲荷町の地に創建。1508年(永正5年)、同地に大興寺が創建されることになり御厩に移転。 琉球使節の宿所としても使われた。1602年(慶長7年)、鹿児島城の築城と共に冷水町に移転。1632年(寛永9年)島津光久が再興。 1863年(文久3年)、薩英戦争の兵火で被災。1869年(明治2年)に廃絶した。 (日本歴史地名大系ほか)

墓地

  • 島津忠昌:本宗家11代。島津家福昌寺墓地に改葬。
  • 島津久守:豊州島津家8代。
  • 島津久邦:豊州島津家9代。
  • 土岐久賀:市成島津家当主。
  • 島津久雄: 永吉島津家4代。永吉天昌寺墓地から改葬。
  • 伊地知季安:
  • 伊地知季通:
  • 伊集院十蔵:
  • 長沢鼎:
http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%96%A9%E6%91%A9%E3%83%BB%E8%88%88%E5%9B%BD%E5%AF%BA」より作成

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