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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

西来寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年8月10日 (木)

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西来寺(さいらいじ)は、三重県津市にある真盛ゆかりの天台宗寺院。本尊は阿弥陀如来天台真盛宗別格本山

歴史

延徳2年(1490)、真盛が安濃津の観音寺で90日の説法を行った時、請われて西来寺を創建したという。 当初は小丹の塩屋というところにあったが、明応の大地震の後、安濃津に移り、のち釜屋町に移った。 慶長5年(1600)の安濃津城の戦いで、東軍が西来寺を砦としたため、戦場となり焼失。 翌年、津藩藩主富田信高の計らいで現在地が与えられ、再建された。徳川家康の側室清雲院の帰依を得て方丈などが建てられた。 昭和20年、空襲で伽藍焼失。のち再建。 (日本歴史地名大系)

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