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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

金峰山寺東南院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年5月13日 (水)

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東南院(とうなんいん)は、奈良県吉野郡吉野町にある修験道寺院。本尊は役小角金峰山寺の寺僧派の塔頭。金峰山修験本宗大峰山寺護持院の一つ。

歴史

役小角が創建。日円が中興。1874年(明治7年)廃絶となるが1879年(明治12年)復興。 1937年(昭和12年)、和歌山県の野上八幡宮から多宝塔を移築。 戦後、東南院を中心に、金峰山寺を総本山として金峰山修験本宗を設立した。 (日本歴史地名大系ほか)

組織

歴代住職

  • 日円(769-864)<>:続本朝往生伝にも登場
  • 尊慶()<>:
  • 吉昌()<>:1621年(元和7年)死去。中興という。
  • 昌真()<>:1657年(明暦3年)死去。
  • 重周()<>:1667年(寛文7年)死去。
  • 寛昌()<>:1712年(正徳2年)死去。
  • 守蓮尼()<>:1717年(享保2年)死去。
  • 周算()<>:1733年(享保18年)死去。
  • 性範()<>:1747年(延享4年)死去。
  • 性実()<>:1763年(宝暦13年)死去。
  • 円止()<>:1776年(安永5年)死去。
  • 円聞()<>:1804年(文化1年)死去。
  • 円済()<>:1826年(文政9年)死去。
  • 円達()<>:1857年(安政4年)死去。
  • 小川円和()<>:
  • 佐伯頼慎()<>:自坊は延暦寺宝寿院。1879年(明治12年)、東南院住職。
  • 五条順海()<>:
  • 五条覚澄()<>:
  • 五条順教()<>:
  • 五条良知()<>:
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%87%91%E5%B3%B0%E5%B1%B1%E5%AF%BA%E6%9D%B1%E5%8D%97%E9%99%A2」より作成

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