ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。
歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

鎌倉・安養院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2015年6月9日 (火)

移動: 案内, 検索

安養院(あんよういん)は、神奈川県鎌倉市にある、阿弥陀信仰観音信仰浄土宗寺院。坂東三十三所霊場の第3番札所。浄土宗知恩院派に所属し、本尊は阿弥陀如来で、札所本尊の千手観音をともに祀る。祇園山田代寺田代観音ともいう。(参考:同名寺院安養院


泉涌寺流の浄土・律・真言を兼学した願行が開いた鎌倉・長楽寺浄土宗鎮西流名越派の祖の尊観良弁が開いた鎌倉・善導寺、比企谷にあった田代寺が合併した寺院とされるが、別説もある。

願行(憲静)は、源頼朝の菩提を弔うため、北条政子を願主として長楽寺を創建。元は願行が常陸国阿弥陀山(現在地不明)にいたときに頼朝の亡霊が現れたのがきっかけで、政子に説いて、稲瀬川で供養し、嘉禄元年(1225)、長楽寺を建てたという。

のち正慶2年(1333、元弘3年)、兵火で焼失した長楽寺を、善導寺に合併し、開基である北条政子の戒名を取って、安養院と改称したという。 時代は下り、江戸時代の延宝年間(元年とも8年ともいう)、安養院は火災で焼失したため、比企谷にあった田代寺を移して合併して再建したという。

坂東霊場の中で、現在浄土宗を掲げるのは、鎌倉・長谷寺と合わせて2寺のみである。


尊観良弁の墓、北条政子の墓がある。 (金岡秀友、昭和56『古寺名刹大辞典』)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%8E%8C%E5%80%89%E3%83%BB%E5%AE%89%E9%A4%8A%E9%99%A2」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール