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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

阿保親王旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年3月15日 (木)

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阿保親王(あぼしんのう)(792-842)は平城天皇皇子。在原業平の父。真如法親王の兄。大江氏毛利家の遠祖という説もある。第一皇子だったが、弘仁元年(810)の薬子の変に連座して大宰府に左遷。のち許されて帰京したが、承和9年(842)、承和の変に巻き込まれ急死。51歳。大和国の在原寺や山城国の願成寺(現東福寺塔頭)を創建したともいう。また葛井寺を再興したとも。治定阿保親王墓が菩提寺の親王寺の近くにある。また大阪府松原市の大塚陵墓参考地も墓の伝承がある。打出天神社在原神社などの祭神。

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