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高貴寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2026年4月12日 (日)

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講堂の背面
磐船神社の磐座。磐船神社は葛城神道の根本道場とされた

高貴寺(こうきじ)は、大阪府南河内郡河南町の葛城山系にある、正法律葛城神道を唱えた慈雲の拠点となった真言宗寺院。本尊は五大明王葛城・磐船神社が鎮守。一説に葛城二十八経塚の第25「普門品」経塚。正法律の戒壇が置かれていた。慈雲墓がある。高野山真言宗。山号は神下山。

目次

歴史

高貴寺戒壇跡
参道より麓方面への展望
  • 神代:饒速日尊が天から葛城に降臨。葛城・磐船神社となったという。
  • 文武天皇代:役小角が創建し、香華寺と称した。底筒男命(住吉明神。磐船明神と同一視?)の降臨から神下山を名付けたという。
  • 弘仁年間:空海が訪れ、感得した高貴徳王菩薩に因み、高貴寺と改称。高弟の智泉が継承した。810年(弘仁1年)8月の空海刻と伝わる卒塔婆がある。
  • 長治年間(1104-1106):範俊が一時住した。
  • 1190年(建久1年):後鳥羽上皇が熊野詣に途中に参詣したと伝え、十三重石塔はその時建立したものという(実際には1297年(永仁5年)銘)。
  • 1297年(永仁5年):十三重石塔建立
  • 南北朝時代:平石城の戦いで被災した。
  • 1773年(安永2年):慈雲飲光が譲り受けた。弟子の法護の招請による。それまで長らく法隆寺花園院、誉田八幡宮東一院、ついで観心寺槙本院の管理下にあった。
  • 1776年(安永5年):慈雲飲光が高貴寺に入る。
  • 1786年(天明6年)5月:高貴寺を僧坊として「正法律一派」の本山とする認可を幕府から得たという。無本寺となった。
  • 1804年(文化1年)12月22日:慈雲飲光、京都の北野・阿弥陀寺で死去。高貴寺に墓が築かれた。
  • 1820年(文化17年):金堂再建[1]
  • 明治初年:神仏分離で磐船神社と分離
  • 1872年(明治5年):高野山龍光院末となる[2]
  • 1882年(明治15年):講堂再建[3]
  • 1891年(明治24年)4月20日:山階宮晃親王、登山[4]
  • 1903年(明治36年):開山堂を修理[5]

境内

境内
名称 本尊など 概要
桜井戸
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聖徳太子が桜の鞭を使って掘ったという。岸桜井。
大師憩石
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鐘楼門
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周辺には石塔が並ぶ
宝塔
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不詳
本坊
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独鈷水
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閼伽井。本坊裏の隠された場所にある?
金堂
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五大明王 本尊は五大明王。1820年(文化17年)再建[6]
開山堂
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慈雲 慈雲を祀る。
講堂
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弁財天 弁財天を祀る。後鳥羽院桜町院桃園院後桃園院、開明門院などの位牌を祀る。1882年(明治15年)再建[7]
十三重塔
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金堂の脇の、奥の院への登り口にある。1297年(永仁5年)銘。後鳥羽天皇塔とされることも。
範俊塔
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十三重塔と並ぶ
鎮守社
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三十番神 祭神は三十番神。扁額には「伴神祠」とある。
香華畑
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葛城二十八経塚の第25「普門品」経塚。
善女龍王社
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善女龍王
高貴寺戒壇
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奥の院参道の途中にある。戒壇。周辺には墓地がある。
御影堂
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空海 奥の院。空海や四天王を祀る。
慈雲墓
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慈雲 奥の院。御影堂の隣にある。慈雲飲光は1804年(文化1年)12月22日に京都で死去。高貴寺に墓が築かれた。
柳沢保光塔
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柳沢保光 奥の院。柳沢保光は(1753-1817)は郡山藩主。慈雲に帰依。
開明門院塔
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開明門院 奥の院。御影堂の脇にある。開明門院姉小路定子(1717-1789)は桜町天皇典侍で桃園天皇生母。慈雲に帰依。治定外。本墓は京都清浄華院(治定)。
恭礼門院塔
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恭礼門院 奥の院。御影堂の脇にある。皇太后恭礼門院一条富子(1743-1796)は桃園天皇女御で後桃園天皇生母。慈雲に帰依。治定外。本墓は京都泉涌寺月輪陵(治定)。
宝蔵院 奥の院にあった。
多門院 奥の院にあった。御供所とした。
葛城・磐船神社
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高貴寺の西350mにある。慈雲が唱えた葛城神道の根本道場。地元の氏神であると同時に神仏分離までは高貴寺の管轄だったという。磐船大神社。村社。

組織

歴代住職

世数 生没年 在職年 略歴
1 慈雲飲光 1718-1804 正法律の開祖。高貴寺中興。長栄寺2世。法楽寺3世。忍綱貞紀の弟子。1804年(文化1年)12月22日死去。墓所は高貴寺。
2 明堂諦濡 1751-1830 1804- 長栄寺4世。(略歴は長栄寺#組織を参照)
3 黙住信正 1765-1833 長栄寺5世。(略歴は長栄寺#組織を参照)
4 智幢法樹 1776-1854 1833- 慈雲の最後の直弟子。長栄寺6世。(略歴は長栄寺#組織を参照)
5 亮舜霊照 ?-1862 1854-? 長栄寺7世。近江安養寺9世。(略歴は長栄寺#組織を参照)
6 端堂法厳 1805-1866 1863-? 長栄寺9世。明石密厳院10世。(略歴は長栄寺#組織を参照)
7 光雲海如 1803-1873 上総出身。1803年(享和3年)生。智幢法樹の弟子。豊山派。1819年(文政2年)敞英に入壇灌頂。同年、智幢法樹から菩薩戒、1830年(天保1年)には具足戒を受ける。1836年(天保7年)長谷寺能満院に入る。慶応年間頃、住職となる。1873年(明治6年)死去。梵書の名家。
8 妙雲道樹 1821-1900 清荒神清澄寺35世
9 伎人戒心 1839-1920 1874-1920 神戸の浄土真宗円通寺の存芳山の三男。阿満得聞の実弟。1839年(天保10年)生。1858年(安政5年)真言宗に改宗。大阪万善寺寂然に師事。高貴寺海如に学ぶ。1874年(明治7年)高貴寺住職。1875年(明治8年)教導職少講義。翌年権中講義。1878年(明治11年)中講義。種智院大学高野山大学で悉曇を教える。1920年(大正9年)死去。大澄戒心。
10 伎人慈城 1885-1942 神戸の浄土真宗円通寺の出身。1885年(明治18年)生。伎人戒心の甥。阿満得聞の甥。1930年(昭和5年)在職。1942年(昭和17年)死去。菊寿。
前田弘範
前田弘隆
前田弘観
  • 「河州葛城神下山高貴寺歴代」[8]:9世まで。

画像

文献

典籍・史料

  • 『高貴寺僧住処結界絵図』[9]:『慈雲尊者全集6』所収。
  • 『高貴寺結界図並唱相記』[10]:『慈雲尊者全集6』所収。
  • 『根本僧制並高貴寺規定』[11]:『慈雲尊者全集6』所収。
  • 『葛城神下山高貴寺略縁起』[12]:『慈雲尊者全集17』所収。1774年(安永3年)。
  • 『河内高貴寺縁起』[13]:『大日本仏教全書117』所収。
  • 『高貴寺塔婆銘文』[14]:『訂正増補弘法大師全集3』所収。
  • 『河州葛城神下山高貴寺歴代』[15]:9世まで。『慈雲尊者全集1』所収。
  • 『河内名所図会』「高貴寺」[16]
  • 『河内国名所鑑』「高貴寺」[17]
  • 『和漢三才図会』「高貴寺」[18]

文献

  • 1930『葛城高貴寺所蔵慈雲尊者遺著展覧目録』
  • 滝川政次郎1958「高貴寺の岩船社と哮峰」『日本上古史研究』2-7
  • 岡崎譲治 1983「高貴寺の金銅三昧耶五鈷鈴」『美術史』32巻2号(114号)[19]
  • 松島健 1991「河内高貴寺弁才天像私見」『國華』1149
  • 犬木努2005「高貴寺境内「平岩城之塚」測量調査報告」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 梯信暁2005「『高貴寺縁起』二本」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 阪田宗彦2005「密教法具」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 中村浩2005「高貴寺縁起絵巻について」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 中村浩2005「高貴寺奥の院出土の須恵器について」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 中村浩2005「高貴寺奥の院他の測量調査について」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 藤澤典彦2005「雲版」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 藤澤典彦2005「石造品」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 三辻利一2005「高貴寺奥の院出土試料の産地推定」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
  • 吉原忠雄2005「高貴寺の彫刻・絵画について」『神下山高貴寺ー文化財調査報告書』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E9%AB%98%E8%B2%B4%E5%AF%BA」より作成

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