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開元寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | '''開元寺''' | + | '''開元寺'''(かいげんじ)は、唐の9代[[玄宗]]が両京([[長安]]・[[洛陽]])諸州ごとに設置した[[仏教]]寺院。開元26年(738)6月1日、玄宗は、勅を下し、州ごとに既存の観と寺を選び、額を与えて'''[[開元観]]'''と'''開元寺'''とした。当時、既に中宗が定めた[[龍興観]]・[[龍興寺]]が各地にあったが、玄宗は、それらを祖先祭祀の道観・仏寺とした一方、開元観・開元寺は皇帝の等身大の像が奉安され、祝寿が行われた。日本の[[国分寺]]・[[国分尼寺]]にも通じる制度である。 |
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2015年4月15日 (水) 時点における版
開元寺(かいげんじ)は、唐の9代玄宗が両京(長安・洛陽)諸州ごとに設置した仏教寺院。開元26年(738)6月1日、玄宗は、勅を下し、州ごとに既存の観と寺を選び、額を与えて開元観と開元寺とした。当時、既に中宗が定めた龍興観・龍興寺が各地にあったが、玄宗は、それらを祖先祭祀の道観・仏寺とした一方、開元観・開元寺は皇帝の等身大の像が奉安され、祝寿が行われた。日本の国分寺・国分尼寺にも通じる制度である。
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主要なもの