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慶寿院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年6月28日 (日)
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+ | '''慶寿院'''(けいじゅいん)は、[[京都]]嵯峨にあった[[臨済宗]]寺院。[[天龍寺]]塔頭。[[長慶天皇]]が晩年に滞在した可能性の記録があり、跡地は[[長慶天皇陵]](嵯峨東陵)となっている。天皇皇子の海門承朝([[相国寺]]30世、[[南禅寺]]133世)が住した。天皇陵に付随して海門承朝の治定墓も築かれた。'''景寿院'''。 | ||
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2020年6月28日 (日) 時点における最新版
慶寿院(けいじゅいん)は、京都嵯峨にあった臨済宗寺院。天龍寺塔頭。長慶天皇が晩年に滞在した可能性の記録があり、跡地は長慶天皇陵(嵯峨東陵)となっている。天皇皇子の海門承朝(相国寺30世、南禅寺133世)が住した。天皇陵に付随して海門承朝の治定墓も築かれた。景寿院。