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真宗大谷派三条別院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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真宗大谷派三条別院(しんしゅうおおたには・さんじょう・べついん)は、新潟県三条市本町(越後国蒲原郡)にある真宗大谷派の別院。
貞享年間(1684-1687)、信越地域を舞台に新井願生寺と高田浄興寺の間で宗義論争が起きた。新井願生寺は国外追放となり、多くの寺院が転派するなどした。本山東本願寺住職の一如は事態を重く見て、取り締まりを強化し「異安心」の発生を防ぐため、元禄3年(1690)に三条掛所を設置した。同時期、新井には新井掛所が設けられた。元禄16年(1703)、本堂を建立したが、文政11年(1828)の三条大地震で倒壊した。天保13年(1842)本堂を再建したが、明治13年(1880)には大火に見舞われ焼失した。明治41年(1908)に再建した。
なお本願寺派の本願寺三条別院は廃絶した。
参考文献
- 木場明志監修、2012『別院探訪』真宗大谷派宗務所出版部