ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

吉田家

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

(版間での差分)
移動: 案内, 検索
(?吉田家旧跡・吉田神道旧跡)
(?吉田家歴代)
34行: 34行:
*8吉田兼富(神度霊神)():
*8吉田兼富(神度霊神)():
*9吉田兼名(神恩霊神)():
*9吉田兼名(神恩霊神)():
-
*10[[吉田兼倶]](神龍大明神)(1435-1511):
+
*10[[吉田兼倶]](神龍大明神)(1435-1511):[[神龍神社]]。
-
*11吉田兼致(神類霊神)(1458-1499):
+
*11吉田兼致(神類霊神)(1458-1499):[[神類霊社]]が建てられた。
-
*12吉田兼満(後神龍霊神)():
+
*12吉田兼満(後神龍霊神)():[[後神龍霊社]]が建てられた。
-
*13吉田兼右(唯神霊神)(1516-1573):
+
*13吉田兼右(唯神霊神)(1516-1573):[[唯神霊社]]。死後間もなく創建。33回忌の1604年に社殿造営。1621年屋根修復。
-
*14吉田兼見(豊神霊神)(1535-1610):
+
*14吉田兼見(豊神霊神)(1535-1610):[[豊神霊社]]が建てられた。
*15吉田兼治(随神霊神)(1565-1616):
*15吉田兼治(随神霊神)(1565-1616):
*16吉田兼英(通神霊神)():
*16吉田兼英(通神霊神)():
50行: 50行:
*24吉田良煕():
*24吉田良煕():
*25吉田良義(1837-1890):1867年(慶応3年)8月、神祇権大副。1868年(明治1年)2月、参与・神祇事務局輔。10月皇学所御用掛。宮内省掌典。1879年(明治12年)[[吉田神社]]宮司。1884年(明治17年)[[日枝神社]]宮司。子爵。1890年(明治23年)3月4日死去(官報)。(『神道人名辞典』など)
*25吉田良義(1837-1890):1867年(慶応3年)8月、神祇権大副。1868年(明治1年)2月、参与・神祇事務局輔。10月皇学所御用掛。宮内省掌典。1879年(明治12年)[[吉田神社]]宮司。1884年(明治17年)[[日枝神社]]宮司。子爵。1890年(明治23年)3月4日死去(官報)。(『神道人名辞典』など)
 +
==萩原家歴代==
==萩原家歴代==
*萩原兼従(神海霊社)(1588-1660):吉田兼治の長男。家督を弟に譲り、[[豊国神社]]神職となる。神海霊社。神海院殿卵従大居士。吉田神社に墳墓が築かれ[[神海霊社]]が建てられた。
*萩原兼従(神海霊社)(1588-1660):吉田兼治の長男。家督を弟に譲り、[[豊国神社]]神職となる。神海霊社。神海院殿卵従大居士。吉田神社に墳墓が築かれ[[神海霊社]]が建てられた。

2019年7月2日 (火) 時点における版

吉田家

目次

概要

歴史

吉田神道

吉田家歴代

  • 1吉田兼直(神献霊神)():
  • 2吉田兼藤(神白霊神)():
  • 3吉田兼益(神威霊神)():
  • 4吉田兼夏(神貞霊神)():
  • 5吉田兼豊(神恭霊神)():
  • 6吉田兼熙(神光霊神、神光明神)(1348-1402):
  • 7吉田兼敦(神烈霊神)(1368-1408):
  • 8吉田兼富(神度霊神)():
  • 9吉田兼名(神恩霊神)():
  • 10吉田兼倶(神龍大明神)(1435-1511):神龍神社
  • 11吉田兼致(神類霊神)(1458-1499):神類霊社が建てられた。
  • 12吉田兼満(後神龍霊神)():後神龍霊社が建てられた。
  • 13吉田兼右(唯神霊神)(1516-1573):唯神霊社。死後間もなく創建。33回忌の1604年に社殿造営。1621年屋根修復。
  • 14吉田兼見(豊神霊神)(1535-1610):豊神霊社が建てられた。
  • 15吉田兼治(随神霊神)(1565-1616):
  • 16吉田兼英(通神霊神)():
  • 17吉田兼起(泰神霊神)():
  • 18吉田兼敬(妙応霊神)(1653-1731):
  • 19吉田兼章(神性霊神)():
  • 20吉田良延(専源霊神)(吉田兼雄)(1705-1787):
  • 21吉田良倶(後豊神霊神)(吉田兼隆)():
  • 22吉田良連(神源霊神)(吉田兼業)():
  • 23吉田良長(神寛霊神)():
  • 24吉田良煕():
  • 25吉田良義(1837-1890):1867年(慶応3年)8月、神祇権大副。1868年(明治1年)2月、参与・神祇事務局輔。10月皇学所御用掛。宮内省掌典。1879年(明治12年)吉田神社宮司。1884年(明治17年)日枝神社宮司。子爵。1890年(明治23年)3月4日死去(官報)。(『神道人名辞典』など)

萩原家歴代

  • 萩原兼従(神海霊社)(1588-1660):吉田兼治の長男。家督を弟に譲り、豊国神社神職となる。神海霊社。神海院殿卵従大居士。吉田神社に墳墓が築かれ神海霊社が建てられた。


吉田家旧跡・吉田神道旧跡


参考文献

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E5%AE%B6」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール