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平城京・妙安寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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2018年4月30日 (月) 時点における版
妙安寺(みょうあんじ)は、平城京にあった聖徳太子ゆかりの古代寺院。聖徳太子建立七寺の一つとされる。葛城氏の氏寺とも言われる。葛木寺。葛木尼寺。葛城寺。(参考:同名寺院妙安寺)
歴史
元は飛鳥の豊浦寺の西北もしくは西にあったという。橿原市和田の飛鳥時代の古瓦の出土地点が跡地ではないかという。葛城にも由来となる寺院があったらしい(葛城・妙安寺)。平城京では左京五条六坊五坪にあった。宝亀11年(780)、伽藍が全焼(『続日本紀』)。飛鳥の旧地にも寺院は残ったらしい。(『国史大辞典』)