ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
泉涌寺即成院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
(版間での差分)
1行: | 1行: | ||
[[File:泉涌寺即成院・山門_(1).JPG|即成院山門(左)。泉涌寺総門前の北側に面する。|thumb|500px]] | [[File:泉涌寺即成院・山門_(1).JPG|即成院山門(左)。泉涌寺総門前の北側に面する。|thumb|500px]] | ||
- | '''即成院'''(そくじょういん)は、京都府京都市東山区にある[[真言宗]]寺院。[[泉涌寺]]子院。本尊は[[源信]]作の[[阿弥陀如来]]。中尊に従う二十五菩薩が有名。元は[[伏見殿]]に付属した寺で、1875年(明治8年)まで深草にあった。[[那須与一]]の墓がある。'''即成就院'''。'''伏見寺'''。 | + | '''即成院'''(そくじょういん)は、京都府京都市東山区にある[[真言宗]]寺院。[[泉涌寺]]子院。本尊は[[源信]]作の[[阿弥陀如来]]。中尊に従う二十五菩薩が有名。元は[[伏見殿]]に付属した寺で、1875年(明治8年)まで深草にあった。[[那須与一]]の墓がある。[[泉涌寺関連旧跡]]。'''即成就院'''。'''伏見寺'''。 |
991年(正暦2年)源信が伏見に創建した'''光明院'''が起源という。 | 991年(正暦2年)源信が伏見に創建した'''光明院'''が起源という。 |
2023年11月3日 (金) 時点における版
即成院(そくじょういん)は、京都府京都市東山区にある真言宗寺院。泉涌寺子院。本尊は源信作の阿弥陀如来。中尊に従う二十五菩薩が有名。元は伏見殿に付属した寺で、1875年(明治8年)まで深草にあった。那須与一の墓がある。泉涌寺関連旧跡。即成就院。伏見寺。
991年(正暦2年)源信が伏見に創建した光明院が起源という。 その後、橘俊綱が伏見山荘(後の伏見殿)を建て持仏堂にして即成就院と称した。場所は桃山江戸町という。 1195年(建久6年)宜陽門院が後白河天皇追悼のために復興。 豊臣秀吉の伏見城建設で大亀谷に移転。 1875年(明治8年)、泉涌寺内に移転。1902年(明治35年)復興とも。 保安寺と合併したともいう。 伏見・護法寺とも関連か。 練供養が行われている。 (日本歴史地名大系ほか)
伽藍
- 本堂:
- 地蔵堂:
- 那須与一墓:
- 霊弓殿:不詳