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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

京都大神宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2015年5月6日 (水)

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京都大神宮
きょうと だいじんぐう

Kyoto-daijingu 003.jpg

概要 神宮教会に由来する伊勢神宮の分社。
奉斎
  • 天照皇大神、豊受大神
  • 相殿神:伊弉諾尊、伊弉冊尊、八柱大神、大地主神、倭比売命、崇敬者の祖霊

(京都大神宮ウェブサイト)

所在地
所属(現在) 神社本庁
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目次

概要

京都大神宮(きょうと だいじんぐう)は、伊勢神宮の布教機関であった神宮教の京都教会所に由来する神社。神宮奉斎会京都地方本部の後身。

1873年(明治6年)7月に神宮大宮司本庄宗秀らが浄教寺で説教を行い、出張所を設置したのに始まる。1875年(明治8年)、浄教寺の隣の現在地に一条家より玄関および書院を移築して教殿とした。1881年(明治14年)に神宮遥拝所を創建。傘下に、神風講社や教会を多数設置した。1878年(明治11年)9月に設立された傘下の金沢教会はのち、神宮奉斎会の地方本部となっている(戦後、金沢大神宮となる。)。昭和初年に神宮遥拝所が設けられている[1]。また火除天満宮は当社の管理だったという。

祭神は、天照皇大神豊受大神伊弉諾尊伊弉冊尊、八柱大神、大地主神、倭比売命、崇敬者の祖霊である[2]。八柱大神が合祀されているのは、昭和初期に神宮奉斎会会長であった今泉定助が提唱した八神殿奉斎論と関連していると思われる[3]

画像


参考文献

  • 京都大神宮ウェブサイト[2]
  • 『神宮奉斎会京都本部沿革略史』
  • 『袖珍京都名勝廻覧記』

脚注

  1. 京都大神宮ウェブサイトによると、「伊勢神宮の遥拝と戦争中、御神体安全の為に立てられたもので、現在、御神体は入っておりません」[1]とあるが、1930年(昭和5年)の『神宮奉斎会京都本部沿革略史』に同一のものと思われる遥拝所の写真が掲載されており、戦争中に建てられたとなると齟齬が生じる。戦争中に建てられたとなると、再建されたことになる。
  2. 京都大神宮ウェブサイト
  3. 神宮奉斎会岡山地方本部にも八神が合祀されている。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%AE%AE」より作成

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