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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

信濃・西蓮寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2016年2月26日 (金)

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西蓮寺
さいれんじ
概要 証空旧跡にある寺院。
奉斎 善光如来(『証空事典』)
所在地 長野県小県郡長和町古町3892
所在地(旧国郡) 信濃国小県郡
所属(現在) 浄土宗
格式など
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目次

概要

西蓮寺(さいれんじ)は、長野県小県郡長和町の証空旧跡にある浄土宗寺院。(参考:同名寺院西蓮寺

伊那(元善光寺)から長野(善光寺)に善光寺如来が遷座する途中に当地の人々が善光寺如来を迎えるために創建。 その後、1204年(元久1年)、法然の弟子の遊蓮房円照が復興したという[1]

証空は、当麻寺にて当麻曼荼羅が善導の『観経疏』に基づいていると見極め、そのことを善光寺に報告するために信濃に向かった。1232年(貞永1年)、その途中に滞在したのがこの寺である。 1645年(正保2年)に山崩れで被災して現在地に移転。

画像


参考文献

  • 高橋慎一朗、2007『浄土宗西山派史話 人と寺院』
  • 中西随功監修、2011『証空事典』東京堂出版


脚注

  1. 遊蓮房円照は1177年(治承1年)に死去しているため、矛盾する。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%BF%A1%E6%BF%83%E3%83%BB%E8%A5%BF%E8%93%AE%E5%AF%BA」より作成

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