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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

光明山寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年1月22日 (火)

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光明山寺(こうみょうせんじ)は、山城国相楽郡(京都府木津川市)にあった南都仏教寺院。南都浄土教の拠点だった。別所。東大寺関連旧跡興福寺関連旧跡

歴史

平安時代前期に寛朝が開き、のち東大寺僧の厳〓が再建。本尊は薬師如来だったという(〓=「王+罔」)。 多くの僧が滞在しており、代表的な永観のほか、頼基、静誉、覚樹、重誉、実範、心覚、明遍らが訪れた。 源平合戦で、以仁王が光明山寺の鳥居の前で戦死したと伝える。 元々、東大寺末だったが、室町時代に興福寺末になった。中世末までに廃絶したらしい。

(日本歴史地名大系)

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