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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

子島寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2017年4月30日 (日)

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子島寺(こじまでら)は、奈良県高市郡高取町にある南都仏教真言宗寺院。現在の本尊は大日如来だが、元は観音だったらしい。真言密教子島流の発祥地。元は興福寺一乗院末だったが、現在は真言宗御室派。歴史には不明な点が多い。奈良時代後期、伝説的な僧侶報恩が創建。2世の延鎮は清水寺を創建したことでも知られる。永観年間、興福寺真興が仮寓し、山下に観覚寺を創建した。真興が一条天皇の病気平癒に霊験があったとして賜った両界曼荼羅は子島曼荼羅と呼ばれる。戦国時代の兵乱で焼失するが、豊臣秀長が再興。幕末には月照が訪れている。明治初年に一時廃絶するが復興。子嶋寺とも表記。子島山寺小島山寺千寿院とも称す。山号は報恩山、昔は丹恵山、子島山。(『日本大百科全書』『日本歴史地名大系』)

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